『スター・ウォーズ エピソード3/シスの復讐』ゲーテの「ファウスト」とも共振するシリーズ最大の悲劇

『スター・ウォーズ エピソード3/シスの復讐』あらすじ

クローン大戦が銀河系全体に拡大。狡猾なシスの暗黒卿は共和国を掌握し、アナキン・スカイウォーカーをそそのかしてダース・ベイダーに変えてしまう。オビ=ワン・ケノービは、ダークサイドに堕ちた弟子と、ライトセーバーで一騎打ちすることになる。

「Revenge」と「Return」


『スター・ウォーズ エピソード3/シスの復讐』(05)というタイトルは、『スター・ウォーズ エピソード6/ジェダイの帰還』(83)に呼応している。

もともと『ジェダイの帰還』は、原題で「Revenge of the Jedi」というタイトルが付けられていた。だがルーカスが「高潔なジェダイは復讐なんぞ求めないはず!」と考え直し、プレミア上映の数日前になって急遽タイトルを「Return of the Jedi」に変更。突然のタイトル変更で調整が間に合わず、日本では『ジェダイの復讐』というタイトルで公開されてしまったのである。

ルーク・スカイウォーカーが銀河に平和をもたらすまでを描いたオリジナル・トリロジー最終作の“Return”に対し、ダース・ベイダーと銀河帝国の誕生を描いたプリクエル・トリロジー最終作を“Revenge”にすることで、ルーカスは光の三部作と影の三部作を対照せしめた。選ばれし者(The Chosen one)だったはずのアナキン・スカイウォーカーが、パルパティーンの策謀によって闇堕ちする物語。間違いなく『シスの復讐』は、全シリーズのなかで最も悲劇色の強い作品である。

その悲劇性は、<腕の切断>によってはっきりと表象される。アナキンとドゥークー伯爵の戦いにせよ、ルークとダース・ベイダーの戦いにせよ、『スター・ウォーズ』シリーズでは常に「腕を切断する」という行為によって決着がつけられてきた。相手の力を削ぎ、その存在を無力化させてしまう行為。ある種の強制的な“去勢”ともいえるだろう。

『スター・ウォーズ エピソード3/シスの復讐』予告

映画の冒頭で、アナキンはかつて自分の右腕を切り落としたドゥークー伯爵の両腕を切断する。圧倒的な剣技を誇ったドゥークーは、もはや哀しき老人にしか過ぎない。そしてパルパティーンの悪魔の囁きに導かれ、アナキンは丸腰の相手を一刀両断に切り殺す。相手の腕を切断する者とは、ダークサイドのとば口に立っている者。アナキンはこの時点で、すでに暗黒面に片足を突っ込んでいる。パルパティーンを救うため、メイス・ウィンドゥの右腕を切り落とす場面は、それが決定的なものになったことを明示している。

やがて彼は、師であるオビ=ワン・ケノービとの対決に挑む。『シスの復讐』のクライマックスにして最大の見せ場、ムスタファーの戦い。だがアナキンは戦いに敗れ、四肢を失ってしまう。業火に包まれながら、オビ=ワンに「お前が憎い!」と呪詛を撒き散らすアナキン。『スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望』(77)のカンティーナ酒場のシーンで、絡んできたお尋ね者の腕を切り落としていたように、オビ=ワンも決してジェダイのライトサイドだけを担った人物ではない。

師によって“去勢”された彼は、悪の権化ダース・ベイダーとして生まれ変わり、復讐を誓う。パルパティーンの<右腕>となったアナキンの目的は、銀河帝国の勃興ではなく、己のアイデンティティーを破壊したオビ=ワンを血祭りにあげること。ジェダイの影に隠れてきたシスが遂に表舞台に立つだけなら、「Revenge of the Sith」とはならないはず。アナキンの復讐の始まりを告げるプロローグであるからこそ、本作は「Revenge 」としての物語の骨格を有しているのだ。

ゲーテ「ファウスト」との共通性


『シスの復讐』のインタビューで、ジョージ・ルーカスは古典悲劇「ファウスト」に言及している。1808年に第一部、1833年に第二部が発表されたこの小説は、ゲーテがその生涯をかけて執筆した畢生の大作だ。

「この物語では、悪魔と契約を結ぶことになる。(パドメが)三途の川を渡ってしまうのを阻止したいんだ。そのためには神の元へ赴く必要があるが、神々は助けてくれない。だからアナキンは黄泉の国へ行き、闇の帝王に彼女を救う力を乞うんだ。「ファウスト」だよ。アナキンはその力を欲しているが、それは基本的に悪いことなんだ」(*1)

人生に絶望した主人公ファウスト博士は、この世で体験し得るすべての享楽と引き換えに、自分の魂を悪魔に売り渡す契約を結ぶ。若さを取り戻した彼は、やがて美しい娘グレートヒェンと恋に落ちるが、我が子を手にかけたことで彼女は死刑に処せられてしまう。最愛の人を失い、悲嘆に暮れるファウスト。

『シスの復讐』もまた、愛するパドメが出産で死亡することを予知夢で知ったアナキン・スカイウォーカーが、彼女を救いたい一心からダース・シディアスの門下となり、フォースの暗黒面に堕ちてしまう物語だ。確かにアナキン=ファウスト、パドメ=グレートヒェン、ダース・シディアス=悪魔と考えると、アウトラインがよく似ていることに気付かされる。クライマックスでオビ=ワン・ケノービとアナキンが一騎打ちをする火山惑星ムスタファーは、この世の煉獄を表しているのだろう。

『スター・ウォーズ エピソード3/シスの復讐』(C)2024 Lucasfilm Ltd.

ファウスト」は、実在したといわれる錬金術師ヨハン・ゲオルク・ファウストの伝説を下敷きにした、と言われている。その生涯は謎に包まれているが、最後は実験中に爆死して、その五体はバラバラになったんだとか。アナキンは四肢を喪失してダース・ベイダーとして生まれ変わるが、それもまたヨハン・ゲオルク・ファウストから着想を得たのかもしれない。

スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望』(77)は、フランク・ハーバートの「デューン」やJ・R・R・トールキンの「指輪物語」などのSF、ハイファンタジーを参照していた。一方、オペラのような荘厳さをたたえた『シスの復讐』は、ゲーテの古典悲劇に通じている。そこに、古き良きスペースオペラの面影はない。「ファウスト」と共振することで、『シスの復讐』は漆黒のオペラとして独自の文体を獲得し、強烈な光を放っている。

創造神による神話の破壊


本作は、アメリカ映画協会からPG-13のレーティングを受けた最初の『スター・ウォーズ』映画でもある。確かにアナキンが溶岩によって燃え上がるシーンや、ジェダイ寺院で子供たちが虐殺されるシーンは、あまりにも凄惨。ジョージ・ルーカス自身も、『シスの復讐』の残虐性に自覚的だった。

「PG-13でも構わない。特に小さな子供たちには、これは普通の『スター・ウォーズ』ではないと警告するべきだと思う。もっとダークなんだ。もっと怖いものがたくさんある。ところどころ残酷な描写があるので、子供たちはそのことを認識すべきだろう。(中略)『スター・ウォーズ』は非常に純真だと思われているけど、多くの人が真っ二つにされたり、多くの腕が切り落とされたりしているんだ」(*2)

ルーク・スカイウォーカーとアナキン・スカイウォーカーの物語が繋ぎ合わされることによって、一つの叙事詩が完成し、完全な神話が完成する。だが父の物語は、かつての子の物語のように、決して陽性のファンタジーには成り得ない。

「父親の三部作では、子の三部作と同じトーンにすることはできなかった。子供というのは陽気でナイーブ。そして面白い。でも父親…特に間違った道を歩んでしまった父親には、もっと陰鬱な現実が待ち受けているんだ」(*3)

ジョージ・ルーカスという映画作家は、他の同世代のライバルたち…スティーヴン・スピルバーグ、フランシス・フォード・コッポラ、ブライアン・デ・パルマ、マーティン・スコセッシたちとは異なり、スタジオの雇われ監督になることを良しとせず、カリフォルニア州マリンカウンティに広がる大きな農場スカイウォーカーランチで、黙々と映画を作り続けてきた。『スター・ウォーズ』とは、ルーカス出資による巨大なインディーズ作品なのである。

莫大な富と自由を得た彼ならば、きっと『スター・ウォーズ』とは全く異なる作品にチャレンジすることもできただろう。子育てのためにおよそ15年間映画作りから離れ、改めて復帰する際には、「自分がやろうと思っていた前衛的な映画を撮るのか、それとも『スター・ウォーズ』を最後にもう一度撮るのか」(*4)について悩んだこともあったという。

だがルーカスは、再び神話の世界に舞い戻ってきた。もちろん過去の遺産をトレースする気は毛頭ない。『シスの復讐』の濃厚な悲劇性・残虐性は、「明るく楽しい『スター・ウォーズ』」というオフィシャル・イメージを創造神自らが破壊する、いかにもルーカスらしい反逆精神。いつだって彼は、反体制のシステムで、反体制の物語を紡いできた。「ファンの好みに左右されず、新しく革新的な作品を作る」というのが、ルーカスの信念なのではないか。既成の『スター・ウォーズ』神話を内側からブチ破ってしまった『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』(17)を彼が高く評価したのは、ファンに迎合しないライアン・ジョンソン監督の作劇に畏敬の念を抱いたからだろう。

現時点で『スター・ウォーズ エピソード3/シスの復讐』は、ジョージ・ルーカスにとって最後の監督作品。2012年に総額40億5,000万ドルでルーカスフィルムをウォルト・ディズニー・カンパニーに売却したあとは、現場から離れて悠々自適の生活を送っている。ルーカスの『スター・ウォーズ』復帰を望む声は相変わらず大きいが、正直その可能性はかなり低いだろう。なぜなら彼は、自らの手で『スター・ウォーズ』神話を破壊してしまうはずだから。そんな芸当、ルーカスにしかできっこない。

(*1)(*2)(*3)

https://www.vanityfair.com/news/2005/02/star-wars-george-lucas-story

(*4)

http://www.phase9.tv/moviefeatures/starwars-episode3revengeofthesithinterview1.shtml

文:竹島ルイ

映画・音楽・TVを主戦場とする、ポップカルチャー系ライター。WEBマガジン「POP MASTER」(http://popmaster.jp/)主宰。

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