男女賃金の「説明できない格差」 スイスは自己分析の優等生

男女間の「同一労働同一賃金」を達成するには、格差の原因がどこにあるのかを分析することが不可欠だ (Keystone)

スイス連邦憲法に男女平等が明記されてから40年超。連邦政府は男女賃金格差の解消策として「説明できない格差」の縮小を掲げている。官製の格差分析ツールは世界でも模範の1つとされるが、統計上の限界も指摘される。

フリマアプリを展開する「メルカリ」が昨年9月、社員の賃金格差の要因を分析した結果を発表し、大きな反響を呼んだ。等級や職種が同じ社員の間で比べても男女間に7%の賃金格差があった。このような分析を自主的に行い公表したのは日本で初めて。さらに世の中を驚かせたのは、同社がこうした差の原因を追及し、2.5%に縮小することに成功したことだ。

メルカリが分析したのは「説明できない賃金格差」と呼ばれるものだ。社員の賃金を男女別に単純平均すると、管理職の多さや働き方などによって生まれる格差も含んだ数字になる。それらも女性が男性と同じように働けない現状を映し出すものとして問題だが、「同一労働同一賃金」の観点からは、そうした要素を取り除いても残る差が「不当」なものとして課題となる。

回帰分析という統計手法を使うと、単純平均の賃金格差を原因別に分解できる。だが「説明できない」要素が必ずしも雇用主に差別意識があることを意味するわけではない。明治大学の原ひろみ教授によると、競争や交渉への選好度の違いや、職場でのコミュニケーションの違いなどによっても生まれる。2023年にノーベル経済学賞を受賞した米経済学者のクラウディア・ゴールディン氏は、柔軟な働き方への選好度も男女差を生むと解明した。このため一般的に、5%以内の差は許容範囲とされている。

15カ国から成る国際研究では、「同一企業で同一の仕事をする男女の賃金格差」は多くの国で単純格差(年齢・教育年数・パート状況は同じ男女で比較)の半分以上を占めることが判った。日本は単純格差が35%、同一職務内での男女差は25.7%とかなり成績が悪い。

スイスは賃金分析の先進国

スイスはどうか。連邦内務省男女均等待遇局(EBG/BFEG)によると、2020年は単純格差が18%、職業や業種、学歴、等級による差を除いた「説明できない賃金格差」は7.8%あった。

この数年、この数字は大きく変化していない。政府は2030年までに解消する目標を掲げている。

女性参政権の導入が1972年、男女平等が憲法に盛り込まれたのが1981年とかなり遅かったスイスだが、賃金分析については実は先進国だ。2006年に分析ツール「Logib(ロギブ)」を無料で公開。公共調達に参加する企業に分析を義務付け、「説明できない格差」が5%以上の企業は入札から排除した。

スイス人ミクロ経済学者のジャニーナ・ヴァッカロ氏の研究によると、スイスでは公共調達の参加条件に賃金分析を加えた2006年以降、従業員50人以上の企業で説明できない格差が3.5ポイント縮小した。

男女均等局は、2020年の分析義務化の効果を分析した報告書を2025年に発表する予定だ。

海外の手本に

2020年の男女均等法改正により、従業員100人以上の企業は賃金分析の実施が義務づけられた。2021年には従業員2~50人未満の中小・零細企業でも使えるLogib Module2も公開された。

企業の自主的取り組みはさらに早い。一番手の1つノバルティスが賃金分析を行ったのは2003年。同じ仕事で900人もの女性社員が男性より低い賃金しか得ていないことが判明した。ドイツ語圏のスイス公共放送(SRF)によると、格差総額は300万フランに上った。

食品大手のネスレは2015年から賃金分析を実施している。当初はロギブや外部ツールを使っていたが、今はより効率的な独自ツールを使っている。ネスレスイスのソニア・シュトゥーダー人事課長は、賃金分析の実施は「採用活動において融和的でフェアな労働環境であるとアピールできる」と話す。

メルカリが賃金分析を行ったのも、スイス・ジュネーブを拠点に職場のジェンダー平等に取り組む「EDGE認証財団」の認証を取得したのがきっかけだった。EDGEはスイス政府の公共調達条件に倣い、説明できない格差を5%未満に収めることを認証要件に定めている。

スイス均等待遇局のシーナ・リヒトリ広報官によると「今日まで、全ての雇用主に類似の分析ツールを無料で公開する国はスイスしかいない」。ドイツやルクセンブルクは、スイスのロギブを真似た分析ツールを開発した。

欧州連合(EU)では昨年5月、従業員100人以上の企業に対して賃金格差の分析を定期的に実施・公表することを義務付ける指令が成立した。リヒトリ氏は「ロギブはEU指令の要求水準を概ね満たしており、複数の欧州国家から関心が寄せられている」と話す。

賃金分析が重要なのは、男女の賃金格差が雇用主の無意識のうちに発生してしまうからだ。メルカリで賃金分析を主導した趙愛子氏はNHKに「正直、意外な結果だった。当社の評価や報酬の仕組みは、これまで改良を重ねてきた。フェアな状態だと自負があったので、格差は発生しえないだろうと思っていた」と語っている。

批判も絶えず

一方、ロギブに対する批判も絶えない。特に、入社年を起点にした「勤続年数」は計算に入れる一方で、転職前の勤務年数や育児休暇を除いた「職業上の経験」が分析の分解要素に組み込まれていないことは大きな批判の的だ。経済シンクタンク「アヴニール・スイス」は、「育休をとった女性の雇用が賃金差別とみなされるなら、育休明けの女性を雇用しない方がいいということなのか?」と批判する。

バーゼル大学のコニー・ヴンシュ教授(労働経済学)はドイツ語圏の日刊紙NZZで、「比較統計で賃金の決定要素を全て考慮することは実際には不可能だ。だからこそ、『説明できない格差』が女性差別を意味するわけではないことを国民はもっと理解すべきだ」と述べた。

編集:Reto Wartburg von Gysi、校正:大野瑠衣子

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