難敵デンマークに快勝で8強入りのドイツ。随所で光る36歳ナーゲルスマンの好采配【現地発コラム】

開催国ドイツが決勝トーナメント1回戦で難敵デンマークを2-0と下し、EURO2016以来となるベスト8進出を果たした。

普段は《黄色の壁》となるドルトムントのゴール裏にはこの日、《白の壁》が出現し、チームのアクションに呼応する形で大きな声援と拍手でチームを支え続けていた。

雷雨で試合が中断した時でも、楽しそうに歌い、ビデオ判定の場面では盛り上げのコールが自然発生的に起こる。ヨズア・キミッヒが「ここ最近の大会のなかで最高に素晴らしい雰囲気」と感慨深げに振り返ったほど、ドイツファンはチームの力になっていた。

このデンマーク戦ではユリアン・ナーゲルスマン監督らしさが随所にみられた。チームとしてレベルの高いデンマークの組織的な守備を崩すには、より守備ラインの裏へ走りこむ選手が必要。そこでレロイ・ザネを今大会初スタメンで起用した。

また、スイス戦で値千金の同点ゴールをアシストしたダビド・ラウムもスタメンに。両サイドをワイドに保ちながら裏を狙い、相手守備間にスペースを作り出すのが狙いだった。

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「試合開始から20~25分は今大会でもベストパフォーマンス」とナーゲルスマンが振り返るほどにデンマークを押し込んだ。スペースを素早く見つけ深みのある攻撃で追い込んでいく。あわやというシーンも連続で作り出し、ゴールが生まれるのは時間の問題という雰囲気さえあった。

だが、サッカーはそう簡単にはいかない。キャスパー・ヒュルマン監督率いるデンマークは守備ラインを勇敢に高く上げ、選手間の距離をコンパクトにすることで攻撃の起点となるスペースをつぶすことに成功。ドイツは少しずつ攻めあぐね、ミスパスも見られるようになってくる。

勝てない時期のドイツというのは、いい時間帯にゴールが決まらず、少し流れが悪くなった時にあっさりと失点を喫し、そこからずるずる負ける試合が多かった。だが今大会のドイツはここで崩れない。

ナーゲルスマンは後半、ボランチのロベルト・アンドリヒを守備ラインへと下げ、3バック気味にして、デンマーク攻撃陣を明確にマークすることでセカンドボールへの対処を改善させた。中盤ではトニー・クロースをセンターに両サイドをよりワイドに位置取りし、パスの展開を素早くさせ、5バックで守るデンマークの中盤わきにできるスペースをより有効活用できるようになっていく。

1点リードした64分にはイルカイ・ギュンドアンとアンドリヒに代えて、ニクラス・フュルクルクとエムレ・ジャンをピッチに送る。競り合いに強いフュルクルクとフィジカルにも強くインテリジェンスにスペースで動けるハバーツを残すことで、カウンターの起点を創出。相手守備にセンターをよりケアさせることでサイドのスペースをつきやすい手を打った。

68分、ジャマル・ムシアラがニコ・シュロッターベックのパスで抜け出して決めた追加点が生まれたのは、ナーゲルスマンの多彩な采配にも要因があった。2点をリードした終盤にはヴァルデマール・アントンをサネと交代で起用し、ハバーツを右サイドに回す。デンマークに反撃を許さず、見事に無失点でゲームを締めた。

バイエルンの監督時代にはどこか窮屈な采配をしていた印象を残したナーゲルスマンだが、もともと思い切りのある勇敢な采配がスタイルだ。

ドイツで開催された国際コーチ会議で登壇した時に、「控え選手は時間稼ぎの交代をするためにいるのではない。ピッチに立って変化を起こしたり、安定をもたらしたり、驚きの瞬間を作り出してくれるためにいるんだ。誰を下げたらいいのかという考えではない。誰をピッチにもたらしたいかで考えるんだ」と話していたのが今も印象に残っている。

難しい時間帯を乗り越えて勝利を手にした後、36歳の指揮官は記者会見で次のように語っていた。

「我々には2度ほどいい時間帯があったけど、簡単な試合ではなかった。相手もいいプレーをしたんだ。試合ではすべてがうまくいくわけではない。でも苦しい時間帯にもチームはいいキャラクターを示してくれた。サッカーとしてのクオリティを見せて、安定感をもって戦った。このチームを誇りに思う。かつてドイツが持っていた粘り強さを感じさせるようになってきているのではないだろうか」

試合途中に轟いた雷は試合終了後にまた鳴りだした。雨も強い。スタジアムから出られずに深夜まで雨宿りをしていたファンも少なくない。だが、みんなとても幸せそうな顔をしていた。この余韻にいつまでも浸っていられるのだから、やまない雨はむしろそのための贈り物でもあるかもしれない。

取材・文●中野吉之伴

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