厳し過ぎた不仲の父に「あの頃の文句を言ってやる」…危篤になった父が病床で息子に語った「衝撃の真意」とは?

<前編のあらすじ>

真司(42歳)は、息子の亮介(5歳)が幼稚園で友達をたたいて泣かせたと妻に聞き、「来年から小学生なのにそんなことではダメだ」と厳しく怒ってしまう。亮介は泣き出し、妻のほなみ(31歳)には苦言を呈される。

真司は父親としての振る舞い方が分からず、息子と関わることに恐怖さえ感じていた。真司の父・真幸は元警官で、厳格な亭主関白で子育てにはほとんど関与せず、「おい」と言えばしょうゆが出てくることが当たり前だと思っているような人だった。運動も勉強もできず学校でからかわれている真司を、父は厳しく指導した。手を上げられたことだって片手では数えきれない。

真司には理想の父親のロールモデルがなかった。そんな矢先、父が病気で倒れたと田舎の母から電話があった。気は進まなかったが、妻の進言もあり真司は家族とともに父の見舞いに向かうことにした。

●前編:幼い息子への接し方が分からず怒鳴ってしまう…“モラ父”の「痛すぎる過去」

病室への帰省

真司は有給休暇を使い、5年ぶりに帰省をすることになった。

とはいえ、実家に帰るのではなく、真っすぐ病院へと向かった。泊まるつもりもなく日帰りで帰る予定を立てていた。

病院に着くと、母はロビーで真司たちを出迎えてくれた。

5年ぶりの母は昔と比べるとかなり老けている。だが、真幸に抑圧されていたあの頃よりも幾分か快活に見える気がした。

「お父さんね、だいぶ悪いみたいなの。だからあんまり刺激を与えないようにしてあげてね」

病室に向かう最中、母から注意事項を聞いた。この前倒れたと言っていたはずだが、そこまで重篤な事態なのだろうか。真司は疑問を持ちながら、病室に向かった。

個室病棟で寝ている真幸の姿に真司は驚愕(きょうがく)した。文句を言ってやろうなどという気持ちは一瞬で消えうせた。ベッドの上の父は痩せ細り、昔の威厳は見る影もない。体中や鼻には何本もの管が刺さっていて、目を背けたくなるほど痛々しかった。

「お父さん、真司が来てくれたよ」

母の声に反応して、真幸が目を開ける。揺れる瞳が確かに真司を映していた。あっけにとられている俺をほなみが肘で小突く。

「あ、ああ、久しぶり……」

真幸は2度、うなずいただけだった。

「お久しぶりです、お父さん。ほなみです。あと亮介ですよ。もう5歳になりました」

真幸は亮介を見て、ゆっくりと手を伸ばした。母はそんな真幸の腕を支え、亮介の頭をなでさせる。亮介は硬直し、真幸からなでられているのをじっと我慢していた。

それから亮介は怖くなったのか、ぐずりだす。そのまま、ほなみが外に連れ出した。母も家に着替えを取りに行くと言って、病室を出てしまった。

父と2人きりなんて嫌だと真司はごねたが、母はかたくなに俺を病室に残したがった。見たことない母の圧力に負けて、真司は病室に残った。

父の謝罪

真幸と2人きりは剣道の大会で負けたとき以来だ。あの頃のようなどうしようもなく追い詰められている感覚はないが、それでも気まずかった。

何か言ったほうがいいのかもしれないが、真司は言葉が出てこない。

思えば、真幸と雑談なんてしたことがなかった。どんな話題が地雷なのか分からないので、何も話すことができなかったのだ。

そうして気まずい沈黙をやり過ごしていると、真幸の口が動いていることに気付く。何かあったのかと思い、真司は耳を近づけた。

「……ごめんな」

真幸が発していたのは謝罪の言葉だった。

真司は驚き、真幸の顔を見た。目を閉じている真幸は涙を流していた。

「俺は、お前に厳しく接することしかできなかった。それが正しいと思っていたんだ。お前は剣道の稽古をとても頑張っていると妻からも、先生からも聞いていた。だからこそ勝ってほしくて、お前に厳しい言葉をぶつけてしまった」

そこで真幸はむせて言葉を切る。真司はゆっくりとお茶を飲ませた。

「……でもお前は俺のせいで、力を発揮できてなかったと後から分かった。勉強も俺がいたせいで、うまくできなかったんだろ。全て俺が悪い。もっと、きちんと、話せば良かった。お前はできる子だったのに……」

真幸はそこでまた顔を震わせて泣いていた。真司はその目を布巾で拭った。

いつの話をしているんだよ……。

涙を拭いながら、真司は胸が締め付けられる思いだった。この思いを真幸は何十年も胸に秘めていたのだ。そうして、自分が死の淵に立ったとき、ようやく口にすることができたのだ。

バカヤロウ、たった一言の謝罪を言うのに、何年かかってんだよ。

真司は父の耳に口を近づけた。

「分かったから。無理して話さなくていいから」

真司がそう言うと、真幸はゆっくりと口を閉じる。

今まで真幸に思っていた悪い感情が全て消え去っていくような気がした。あれだけ嫌っていた真幸をたった一言の謝罪で許している自分に驚きつつも、不思議と嫌な気持ちではなかった。

見舞いが終わった後、実家で母から詳しい話を聞いた。

「もうね、ずっと体が悪かったのよ。でもね、真司に心配かけたくないからってあの人、黙ってろって言ってたから」

「バカかよ、何を意地張ってんだよ」

思わず悪態をついた真司にほなみが突っ込む。

「意地を張って会いに行かなかったのはあなたも一緒でしょ。似たもの同士よ」

ほなみの言葉に母は笑った。

「遠くにいてもね、あの人はずっと真司のことを気にかけてたよ。もうあいつは独り立ちしたんだって言ってたけど、内心は会いたかったはずだからね」

真幸の悔恨を聞いた後だと、その言葉はチクリと痛かった。

「父さんはきっと俺と会わないほうがいいって思ってたんだな。自分がいたら、俺に悪影響だからって」

「そうだよ。何度もそんなことないって私は言ったんだけど。変なところで頑固だからね」

どこかで真幸には見限られていると思っていた。

しかしそうではなかった。

思いやってくれていたんだ。

仲直りのタッチ

その日の夜、真司は予定を変更して実家で寝泊まりをすることになった。

古い家屋には思い出が染みついていた。

夕食後、ほなみに頼んで、亮介と一緒に風呂に入る。亮介は俺との2人きりに緊張をしているように見えた。ぎこちなく体を洗い、そのまま広い湯船に一緒に入る。

そこで俺は亮介の頭をなでる。

「亮介、この前はごめん。お父さん、怒っちゃった。ごめんな」

それを聞き、亮介はうなずく。

「僕も、うそをついて、ごめんなさい」

「ウソもダメだし、怒っちゃうのもダメだよな」

亮介は恥ずかしそうに口を湯船につけて、ぶくぶくと泡を立てる。

「友達にはごめんなさいをしたのか?」

「うん、したよ」

「そうか、それならいい」

すると亮介が手を上げてきた。

「何?」

「タッチ」

真司は笑って、亮介とハイタッチをした。

仲直りのタッチ。

これがもっと早く真幸とできていればな。

父の葬儀

それからも頃合いを見て、真司は真幸を見舞った。

ただ病状は悪化の一途をたどっていて、会話をできたのは最初の1度きりだった。

そうして、最初の見舞いから1年後、真幸は帰らぬ人となった。母と2人で葬儀を切り盛りし、無事に真幸を見送ることができた。

火葬場の外でもくもくと上がる煙を眺めていると、ほなみと亮介が近づいてきた。

「いい式だったね」

「ああ。ホントだな。父さんのことをあんなに多くの人が見送ってくれるとは思わなかったよ」

「警察官として、お義父(とう)さんはとても慕われていたのね」

「あ、ああ……」

そこで真司はうつむいた。

「お、俺がもっとしっかりと父さんと話をしていれば、こんなことには……」

涙がこぼれた。

もっと父との楽しい思い出を作りたかった。そう思うと涙が止まらなくなった。

すると真司たちのやり取りを見ていた亮介がハンカチを取り出した。

「はい、これ」

それを見て、俺は笑った。

「ありがとう」

ハンカチを受け取り、涙を拭う。

ほなみは真司と亮介のやり取りを見て、ほほ笑んだ。そして俺は亮介と手をつないで、火葬場の中に戻る。

父としては誰しもが初心者だ。悪戦苦闘は当たり前。

ただ絶対にこの手だけは離さず、亮介の父親として少しずつでいいから、成長していこうと決意を改めた。

「ほなみ、俺は父さんのように、子供を思いやれる親になろうと思う」

「うん、あなたならなれるよ。だってお義父(とう)さんの息子なんだから」

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

梅田 衛基/ライター/編集者

株式会社STSデジタル所属の編集者・ライター。 マネー、グルメ、ファッション、ライフスタイルなど、ジャンルを問わない取材記事の執筆、小説編集などに従事している。

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