キャリア終盤でラケット変えた元王者マリーの飽くなきチャレンジ精神!「最後にもう一度、センターコートでプレーしたいんだ」<SMASH>

アンディ・マリーが、ラケットを変えた――。

そんな衝撃がテニス界を駆けたのは、5月中旬のことだった。自らがソーシャルメディアに挙げた動画には、見慣れたヘッド社製ではなく、青と黒を基調としたヨネックス社のそれを振るう彼の姿があった。

果たして全仏オープンを控えた5月下旬、前哨戦のコートに戻ってきたマリーの手には、ヨネックスの『Eゾーン100』が握られていた。

「マリー選手のエージェントから、ヨネックスのラケットを使う予定だとの連絡を貰ったのは、本当にフランスのATPチャレンジャーに出る直前でした」

ヨネックス社の選手サポートを担当者が、その時を振り返る。

「マリー選手とは契約はしていませんが、大きなニュースになるだろうし、色々と準備が必要になるかもしれないということで、その対策を緊急で考えたりしました」

実際にマリーのラケット変更は、英国の『ガーディアン』紙などでも大きく取り上げられる。担当者が今年の全仏オープンの会場を歩いていても、関係者や観客たちの「マリーはヨネックスにラケットを変えたんだね」の声を多く耳にしたという。

マリーは、現在37歳。20年のプロキャリアを誇り、その間に3度のグランドスラムチャンピオン(ウインブルドン2回、全米1回)に輝いたほどの選手が、キャリア終盤にきてラケットを変えることはまれ。それも、契約等とは無関係に新たな相棒を選んだ事実は、英国の英雄的選手が、いかに未だ勝利を渇望しているかを物語る。なおマリーとヨネックス社は、今(7月1日現在)も契約は結んでいない。
全仏オープン開幕前、マリーはラケットを変えた理由や過程を、次のように明かしていた。

「僕はヘッドのラケットを24年ほど使っていた。テニスは、キャリアを通じて用具を変える選手が少ないという意味で、少し変わったスポーツだと思う。僕がツアーを転戦してきた20年の間に、ラケット産業も変化し、進化しているのだから、新しいことを試してみたいと思った。キャリアを終えた時、別の可能性にトライしたら良かったなと後悔したくなかった。

実際に、ラケットを選ぶプロセスは楽しかった。リハビリ期間中に、自分で色々とテストした末に、本当に気に入ったものを選ぶことができた。もちろん、少し感触は変わるが、今の僕にとって必要な挑戦だと思う」
ラケット選びのプロセスでマリーは、あらゆるメーカーのラケットをショップで購入し、「可能な限り、ホークアイを使ってテストした」という。結果、「この先の自分のキャリアにとって助けになる」と感じたがゆえに選びとったのが、ヨネックスの『Eゾーン100』だった。

では『Eゾーン100』とは、どのような特性を持つラケットなのか? 前述のヨネックス担当者が解説する。

「Eゾーンはヨネックスのラケットの中でも、最もパワーを追求したシリーズです。フレームが厚くてたわみやすく、シャフトはしなってから素早く復元するので、ボールのスピードとパワーを向上させます。特にマリー選手が選んだのは、100平方インチとEゾーンの中でもラケット面の大きな方。より小さな力で、ボールを飛ばせるラケットだと言えると思います」

そのような特性は、「身体への負担の軽減」という効能も期待できる。
「マリー選手も年齢を重ねる中で、体力面や身体への負担も考慮し、Eゾーン100を選んでくれたのかなと思います」と、担当者はマリーの胸中を推察した。

人工股関節手術に代表される多くのケガを克服してきたマリーは、現在、新たな試練の最中に居る。前哨戦のクイーンズクラブ選手権初戦でフルセットの死闘を制したマリーだが、2回戦は背中の痛みにより途中棄権。大会後に、痛みの原因であった背骨の嚢胞の除去手術を受け、切望していたウインブルドンもシングルスを直前に棄権した。

それでも、「最後にもう一度、センターコートでプレーしたいんだ」と幾分感傷的に語っていたマリーは、ダブルス出場に希望を残している。満身創痍の英雄は、新たな相棒を携え、最後の花道を歩んでいく

現地取材・文●内田暁

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