ネイマールが辟易した“戦術マニア”のエメリ。アストン・ビラで旋風を起こすも「ビッグクラブでは通用しない」説も【コラム】

「ビッグクラブでは、選手の多くが“監督の判断は常に的中すべき”と求める。その点、我々監督は、あらゆる準備のディテールにおいて、決して間違ってはならない。何を、どのように伝えるのか、いつ、誰に言うのか、すべてにおいてだ」

これは今シーズン、プレミアリーグでアストン・ビラを率いてセンセーションを巻き起こしたスペイン人監督ウナイ・エメリの言葉である。

エメリはカテゴライズするなら、「戦術家」となるだろう。その点、完璧主義者と言ってもいい。自らのシステム、もしくは論理を用い、その中で選手を躍動させる采配に長ける。たとえばバレンシアを率いていた時代、サイドバックに高い位置でのプレーを求め、左サイドアタッカーだったジョルディ・アルバを左サイドバックにコンバートした。慧眼によって、バルサ、スペイン代表でも一時代を築くプレーヤーにしたのだ。

エメリは常に策をいくつか持ち、セットプレーのバリエーションも桁違いに多い。時には奇策も使う。アルメリアの監督時代は、2バックというシステムを発案。両サイドにまでセンターバックが開いて、相手のプレッシングを無力化させ、話題になった。

いわゆる策士とも言える。

しかしながら、エメリは選手の力量そのものよりも策を重視してしまうところがあって、それが選手に嫌悪されることもあった。策士、策に溺れる、と言ったところか。

セビージャでヨーロッパリーグ3連覇を成し遂げた後、2016-17シーズンから、パリ・サンジェルマンを率いた時には大いに期待された。ビッグクラブでは、能力の高い選手をふんだんに揃えられたからだ。

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しかし、ブラジル人スターであるネイマールが来て、トラブルが発生した。エメリの戦術マニアぶりに辟易してしまい、最後はケガもあって蜜月にはならなかった。

結局、エメリはリーグ・アン制覇を置き土産に、退任した。スター軍団を統制できなかったのだ。

「エメリはビッグクラブでは通用しないのでは?」

限界説が囁かれるようになった。

その後、強豪アーセナルを率いたが、やはり期待されたような成果は出せていない。再び、スペインに戻ってビジャレアルをEL優勝に導いた後、アストン・ビラでの成功につなげている。その点で言えば、やはり中堅クラブで最高の手腕を発揮できるが...。

選手が成長するように、監督も成長する。監督も、敗北から学ぶ。さまざまなチームを率いることで、戦略も広がる。戦術という局地的、部分的なものに優れているだけでなく、戦略的な厚みも出る。

戦術家エメリのバージョンアップが楽しみだ。

文●小宮良之

【著者プロフィール】
こみや・よしゆき/1972年、横浜市生まれ。大学在学中にスペインのサラマンカ大に留学。2001年にバルセロナへ渡りジャーナリストに。選手のみならず、サッカーに全てを注ぐ男の生き様を数多く描写する。『選ばれし者への挑戦状 誇り高きフットボール奇論』、『FUTBOL TEATRO ラ・リーガ劇場』(いずれも東邦出版)など多数の書籍を出版。2018年3月に『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューを果たし、2020年12月には新作『氷上のフェニックス』が上梓された。

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