“スズメバチの巣” を持参 ラーメンが “浅緑色” に… 替え玉保険金殺人事件 裁判で明らかになった「緻密でずさんな計画」

大学生を自身の替え玉として殺害し、自分にかけた多額の保険金を受け取ろうとした ”替え玉保険金殺人” 。殺人など罪に問われた男に、広島地裁は有期刑の上限である懲役30年を言い渡した。自身の身代わりに第三者を殺害する―。裁判で明らかになったのは、”緻密でずさんな計画” だった。

判決によると、広島市西区の職業訓練生・南波大祐 被告(33)は21年11月、愛知県の大学生・安藤魁人 さん(当時21)に4種類の睡眠導入剤をひそかに混入させた飲食物を摂取させ、広島県廿日市市のホテルに連れ込み、注射器でアルコールを体内に注入するなどして意識障害を生じさせて、吐しゃ物の誤えんによる窒息により死亡させ殺害した。

6月18日に開かれた初公判。罪状認否の際、南波被告は「すべて黙秘いたします」。検察は動機について、「自身にかけた多額の保険金を得る目的で、ニセモノの自分=替え玉を仕立て上げて殺すことにした」などと明らかにした。一方、弁護側は、殺人が立証できるかなどについて、争う姿勢を見せていた。

自身に最大6億円を超える生命保険 受取人は弟に

裁判が進んでいくと、南波被告の「計画性」が明らかになっていった。

南波被告が安藤さんと出会ったのは21年2月。名古屋市を訪れていた南波被告に、安藤さんが活動していた団体の勧誘のため声をかけたのがきっかけだった。

南波被告は、この年の5月以降、時期によって頻度の差はあるものの、インターネットで「保険金殺人 バレない」「替え玉殺人事件」「スズメバチ 死亡」「最強 睡眠薬」などと検索していたという。

南波被告は20年10月時点で、死亡保険金1000万円、災害特約1000万円で、受取人を弟にする生命保険契約を結んでいた。そして、安藤さんと出会ったあとの21年8月と9月に保険金額を増額。合計5億5000万円、災害特約(災害で死亡したとき、死亡保険金に上乗せされて支払われる保険金)も合わせると6億3000万円が受け取れるようになっていた。

南波被告は契約の際、「アリバイ会社」に依頼して入手した ”年収約6000万円” という ”うその内容” の源泉徴収表を提出していた。

保険金を増額したあと、南波被告は ”替え玉保険金殺人” を実行に移していく。

事件の3週間前 名古屋を訪れた南波被告はホテルに「スズメバチ」を持ち込んだ

事件の3週間前、南波被告は、名古屋市で安藤さんと会うことになっていた。このころ、スズメバチに関する検索が増加していたという。

そして、安藤さんに会うために、名古屋市を訪れたとき、南波被告は、”スズメバチの入った巣” を持参。事前にホテルの部屋に置いていた。

ホテルで受付をしていた従業員の話では、南波被告がホテルから一時的に外に出た後、部屋の前には2cm以上の大きさのハチがいたという。

南波被告が入店時に大きなビニール袋のようなものを持っていたことなどから、ハチと何か関係があるのではないかと考え、部屋の中をのぞくと、風呂場にはハチが3匹いたほか、ビニール袋の中には「ハチの巣」が置いてあった。

この従業員が「ハチの巣」を撤去したため、南波被告はこの日、計画を実行することを断念することになった。

フラペチーノが「深緑色」ラーメンが「浅緑色」防犯カメラが捉えた「変色した飲食物」

そして、事件当日。南波被告は、4種類の睡眠導入剤をひそかに安藤さんの飲食物に混入させていた。

法廷では、南波被告が事件当日にカフェで購入した「抹茶クリームフラペチーノ」のふたを開けている姿が映し出された。

南波被告は、持っていた小瓶の中身を飲み物に入れていて、検察側は「”抹茶色” だった飲み物が ”深緑色” に変化した」と指摘した。

また、南波被告と安藤さんが2人で立ち寄ったラーメン店では、南波被告は安藤さんが席を立った間に、ラーメン容器の上で、ラーメンを混ぜるように手を動かしている姿があった。

安藤さんが席に戻ると、安藤さんは店員を呼んで何か話をしていた。その後、ラーメンは店員によって厨房に下げられた。

このとき、カメラに写ったラーメンスープの色は「浅緑色」だった。

「ムカデにかまれて大変なことに。僕が弟で…」

裁判では、当時の南波被告の119番通報の記録が明かになった。その記録によると、21年11月22日午前0時すぎ、南波被告は廿日市市のホテルから119番通報。消防からの問いかけに、南波被告は「窓を開けたらムカデが入ってきて、2人ともさされて、1人が大変なことになっています。まったく意識がなくて呼びかけに反応しない」などと伝えていた。傷病者との関係を問われ、南波被告が伝えた言葉は「兄弟。僕が弟」。

南波被告は病院の職員に対しても、搬送された人を ”南波大祐” 、自身については ”弟の名前” を伝えていた。そして、南波被告は弟になりすまして、保険外交員に「兄が意識不明の危険な状態」などとメッセージを送信していた。

その後、弟になりすました南波被告が病院を立ち去ったため、看護師が過去のカルテにある電話番号に電話をすると、出たのは ”本物の弟” だった。

南波被告の弟(供述調書によると)
「家で携帯ゲームをしていたところ、病院から電話があった。『お兄さんの命が危ないので戻ってきてください』などと、看護師に強い口調で言われた」

弟から連絡を受けた母親が病院に連絡し、看護師が事情を説明したところ、母親は「弟は太っているので、それは別人だと思う」と答えたという。

その後、病院に駆けつけた母親らによって、搬送された人物が南波被告ではないことが発覚。警察の捜査の結果、愛知県で行方不明届が出ていた安藤さんであることが判明した。

下された判決 裁判長「無期懲役の選択も…」

検察側は論告で、「被害者に落ち度はない。理不尽に全てを奪われ、無念さは想像もつかない」などとして、有期刑の上限である懲役30年を求刑。

一方、弁護側は、インターネットの検索履歴について「21年5月1日から11月22日までで1万575件あったが、検察官が抽出したものは585件(5.5%)。関連ワードの検索なしアクセスを持って替え玉保険金殺人の目的を推認するのは論理の飛躍がある」などと指摘。その上で、「被告がお金に困っていた事情は立証されてなく、金銭的需要は見当たらない」とし、「(替え玉保険金殺人は)常識的に考えて不可能で、不可能なことを計画していたとはいえない」などと主張した。

そして迎えた2日の判決。南波被告は、あごひげを長く伸ばし、これまでの裁判で着ていた黒い上着ではなく、グレーの長袖姿で法廷に現れた。

広島地裁の 石井寛 裁判長は、注射器などから安藤さんのDNA型と一致する付着物が検出されたことやインターネットで「替え玉殺人事件」などを検索していることに触れ、「替え玉保険金目的の殺意が認められる」と判断。その上で「極めて強い殺意の下で行われた計画的な殺人。人命軽視の態度は甚だしく厳しく非難されるべき」と断じた。

また、「本件はその殺意の強さ等に照らして、無期懲役刑の選択が全く視野に入らない事案ではない。しかし、保険金を受領できる現実的可能性が低いという ”計画のずさんさ” を含めた犯行全体を見ると、無期懲役刑を選択するには至らない」などとして、求刑通り有期刑の上限である懲役30年の判決を言い渡した。

表情はうかがえないものの、静かに判決を聞いていた南波被告。裁判では黙秘を続け、南波被告の口から事件の詳細が語られることはなかった。

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