ドイツを追い詰めイタリアを一蹴したスイス「躍進の秘密は“流動性”」、準々決勝のイングランド戦で注目すべきポイントは…【EURO2024コラム】

EURO2024のグループステージ(GS)でひときわ強い輝きを放ってベスト8に勝ち上がったのがスイスだ。GSではドイツを追い詰め、ラウンド・オブ16でイタリアを一蹴した勇敢で秩序の取れた戦いぶりは、準々決勝で対戦するイングランドにとっても大きな脅威になるだろう。

スイスは、ジュード・ベリンガムやハリー・ケイン(いずれもイングランド)、ジャマル・ムシアラやニクラス・フュルクルク(いずれもドイツ)のように、たったひとつのプレーで試合を解決する際立った「個」を擁しているわけではない。しかし11人が常に連携を保ってひとつの組織として機能する戦術的な洗練度、とりわけポジションに縛られることなく動きながらスペースを作り出しては使う“流動性”の高さ、そして相手に強いる戦術的困難の大きさは、それを補ってあまりある強みだ。

その強みが最もはっきりと表れているのが、司令塔グラニト・ジャカを中核とする後方からのビルドアップ。基本システムは3ー4ー3だが、ビルドアップ時の陣形は相手のプレッシングに対して「プラス1」の数的優位を保てるよう、最終ラインのファビアン・シェアとマヌエル・アカンジ、中盤のジャカが形成する三角形を基本としながら流動的に変化する。

ポイントは、相手プレスに対して「プラス1」の数的優位を保つこと。イングランドのように4ー4ー2の配置からハイプレスをかけてくる相手に対しては、左CBのリカルド・ロドリゲス、あるいはジャカ自身が最終ラインに加わったり、GKヤン・ゾマーがパス回しに参加することで、2対3の数的優位を作り出す。
その「プラス1」から出てくるパスを受ける中盤でも、ジャカの周囲にMFレモ・フロイラー、さらには左WBミシェル・エービシャーが入り込むことで、中央ゾーンで数的優位を作ってフリーの受け手を生み出し、そこからさらに前線へと縦パスを送り込む。例えばイタリアはこの流動性の高いビルドアップを前にしてプレスの的が絞り切れず、ジャカやフロイラーにフリーで前を向く状況を作り出されて、大きな困難に陥った。イングランドもその二の舞いを踏む可能性は十分にある。

スイスの攻撃が厄介なのは、敵陣までボールを運んだ後のファイナルサード攻略でも、流動的なポジションチェンジで守備側を混乱させるところ。とりわけ顕著なのが左サイドだ。3バックのシステムでは通常、WBは大外レーンを縦に上下動することが多いが、スイスの左WBエービシャーは、セントラルMFが本職ということもあり、左WGのルベン・バルガス(あるいはダン・エンドイェ)と入れ替わる形で頻繁に中に入ってくる。

さらに左CBのロドリゲス(こちらの本職はWB)も大きく攻め上がり、さらに中盤のジャカ、CFブレール・エムボロ(あるいはクワドウォ・ドゥアー)が絡むことで左サイドに人数をかけて敵CBを引っ張り出し、そのスペースを後方あるいは逆サイドから入ってきた選手が使ってフィニッシュを狙う。
イタリア戦の37分にフロイラーが決めた先制点は、流動的な攻撃の典型というべき形から生まれたもの。人に引っ張られる傾向が強く、相互にカバーし合う意識が希薄なイングランドの最終ラインは、同じような危機に陥らないよう十分注意する必要があるだろう。中盤でバランサー機能を果たしているデクラン・ライスが、後方から入り込んでくる敵をしっかり捕まえられるかが、ひとつの戦術的なポイントになりそうだ。

スイスの中核をなすフロイラー、エービシャー、エンドイェはいずれも、2023-24シーズンのセリエAで、流動的なポジションチェンジを武器に5位に躍進し、新シーズンのチャンピオンズリーグ出場権を勝ち取ったボローニャ所属。スイスのサッカーが、そのボローニャと戦術的な共通性が少なくないのは、決して偶然ではない。

ボローニャとの共通点を挙げれば、流動性の高い攻撃と並ぶもうひとつのそれが強度の高いマンツーマンのハイプレス。敵のビルドアップの起点となる最終ライン、さらにバックパス時にはGKにまでアグレッシブにプレッシャーをかけていくことで、ミスを誘って高い位置でボールを奪回する、あるいは仕方なくロングボールを蹴らせることが狙いだ。ドイツやイタリアがこのハイプレスを前にして小さくない困難に陥ったのは記憶に新しい。
スイスのゲームプランで特徴的なのは、立ち上がりからアグレッシブなハイプレスで相手の出鼻をくじき、その勢いで試合の流れを手元に引き寄せて、前半のうちに先制する狙いを明確に持っている点だ。今大会の4試合中、スコットランド戦を除く3試合で前半に先制点を挙げているだけでなく、先制を許したスコットランド戦でも前半のうちに同点に追いつき試合を振り出しに戻している。

リードして後半を迎えることで、体力的な消耗からプレー強度が下がらざるをえない最後の20~30分は、プレッシングの開始点を下げて受けに回り、精神的な優位を保って試合をコントロールすることが可能になる。受けに回った際も、コンパクトな5ー4ー1ブロックで最も危険な中央ゾーンにきっちり蓋をして、2ライン(DFとMF)間で前を向かせない狙いが徹底されている。そのブロック守備は、イタリアはもちろんドイツでさえ攻略に苦しんだほどの堅固さを持っている。

スイスに弱点があるとすれば、先に触れた後半ラスト20~30分にプレス強度が下がること、さらにアカンジ、シェアを除くと空中戦に強い選手がいないことに起因するセットプレー守備の脆さだ。そう考えれば、地上戦で不利に立たされてもセットプレーで対抗し、60分過ぎまでにリードするか、あるいは同点の状況を保つことができれば、ラスト30分で攻勢に転じてとどめを刺すことも可能だ。そのあたりがスイス対イングランドの大きな見どころになるかもしれない。

文●片野道郎

© 日本スポーツ企画出版社