希望の朱色(7月3日)

 〈われわれは一人の若い定家を持つた〉。三島由紀夫は新古今和歌集の撰者の一人である藤原定家を持ち出し、その才能をたたえた。異色の歌人春日井建。作風は鮮やかで、繊細な官能が覆う▼〈夕焼けて巻雲に朱がにじむとも沈もりふかき被災収容所〉。荘厳な茜[あかね]空のショーと、対照をなす地上の暗きため息の沈殿。背を丸めこむように、ただうずくまる弱き姿が像を結ぶ。1938(昭和13)年に愛知県で生まれ、戦中・戦後を生きた。着想を得たのはいずれの災害の、いずこの避難所だったか▼元日のだんらんを襲い、関連死も含め300人もの命を奪った能登半島地震から半年が過ぎた。「あっという間」。発生時刻に合わせて黙とうした住民の言葉に時の流れの速さがにじむ。日に日に現地の話題が遠くなっていると感じるのは、風化の入り口か。本紙記者は「復旧の歩みは遅い」と報告した。酷暑はもう目の前というのに、いまだ2千人超が地割れした避難所に暮らす▼きょう、能登の海には胸のすくような夕映えが広がってくれるだろうか。どうか、心浮き立つ希望の朱色でありますように。北の被災地から祈りを込めて。大空をまたぎ、思いはつながる。<2024.7・3>

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