downt、DURDN、えんぷてい……時間や空間にまつわるコンセプトアルバムを生み出すバンド

“名盤”という単位ではなく“名曲”に焦点を当てることが増えたように思う。この背景には、ファスト傾向が強まる世の中で、レンタルCDショップが衰退し、デジタルリリースが主流化していったことに伴い、アルバムを通して聴く人が減少して“1枚”という単位が意識されにくくなったことが考えられるだろう。

しかし、ある方向へのベクトルが大きくなることは、逆方向への反作用を生む。つまり、アルバムの形式を重要視した作品制作も、同時に熱を帯びる動きがあるのではないだろうか。そこで本稿では、アルバムに時空間的な概念を付与し、コンセプチュアルな作品を提示しているインディーズシーンのバンドたちを紹介したい。

downt

2024年3月に1stフルアルバム『Underlight & Aftertime』をリリースした3ピースバンド・downtはその一例だ。

彼らの世界観を支えているのは要所に差し込まれるインスト曲であり、『downt』(2021年)の1曲目「no title」の時点から踏切の音をサンプリングしていることは注目すべき点に思える。なぜなら、この作品において踏切は『千と千尋の神隠し』におけるトンネルや『不思議の国のアリス』における穴と同様に、異なる世界との境界を象徴するためのものであるから。境界の存在は混じり得ない2つの世界を示唆しているが、現実世界で生きる私たちがインスト曲によって誘われる世界とは、アルバムや楽曲の世界そのものではないだろうか。つまり、現実世界と楽曲という仮想世界の媒介を担っているのがインスト曲であり、それらがアルバムの一貫性を生み出す一助となっているのだ。

「no title」や水が滴るような音を使った「8/31(Yda011)」を聴いた時に私たちの脳裏をよぎる映像は、これらのインスト曲を通じて私たちが現実世界から楽曲世界へと入り込んでいることを示している。downtの作品を聴いた際に感じる今にも手からこぼれそうな儚さは、まるで眠っている間だけ見える夢のように、彼らの世界が楽曲を聴いている時にこそ出現するものであることから生じている。だが、夢や子どもの頃に見えていたような不思議な世界と違うのは、downtはアルバムを通じて彼らの世界を幾度も私たちの眼前に立ち現すところだ。盤を繰り返し回すことで、朧げでありながらひりついた熱を持ったその世界へと深く潜り込むことができる1枚となっている。

DURDN

シンガーのBakuとトラックメイカーのSHINTA、トップライナーのyaccoによる3人から成るプロジェクト・DURDNが4月にリリースしたEP『Komorebi』は、“1日の流れ”をテーマにそれぞれの時間を切り取った楽曲で構成された1枚である。目覚まし時計の音を取り入れた「Alarm」、〈昼下がりの夢 シワのついたTシャツを/青にかざして覗いた 両手で伸ばすように〉の2行が陽の差し込む昼間を描き出す「Spaceship」など同作に収録された楽曲を聴けば、コンセプトを事前に知らずとも、一聴するだけでどの時間を描いているのかが分かる。印象派の画家であるクロード・モネは、同じ対象物を異なる時間帯や光の条件で描くことで、刻々と変化する風景を留めようとしたという。タイトルに冠された“木漏れ日”は、まさに時間によって異なる表情を見せる風景の象徴であり、1日の変遷を描いた同作のタイトルにふさわしい。

『Komorebi』において、もう1つのキーワードとなるのは“フィクション”だろう。〈フィクション フィクション〉とリフレインする「Alarm」や、〈偽物の月を浮かべて喜ぶような/見せかけの日々は今日もすまし顔した〉と仮初めの生活だったことを暗示する「FAKE MOON」は、作られたストーリーであることをメタ的に示唆しているように思う。この暗示の裏には、曲中に込めた思いを読み取ってほしいというメッセージがあるのではないか。単なる出来事を綴った日記はコンセプチュアルではないが、プロットを立てた上で書かれた文章は何らかの意味を含有することになる。言葉の隙間から滲んでしまったその意味こそが、コンセプトへと繋がっていくのではないだろうか。つまり、自身が紡いだ音楽に「ある種人工的な面がある」と自覚していることは、楽曲制作時に補助線を引いたことと表裏一体であり、「何かを曲に託した」ことと同義だと考えられるのだ。

DURDNが『Komorebi』に託したメッセージとは、フィクションとは正反対とも言える“リアル”だと思う。〈ボロボロの服 ボロボロの靴/口座の貯金も底をついてますけど〉の2行が印象的な「PRIDE」も、〈運命線を変えて色濃く鮮やかに/一本じゃ済まない運命に抗ってくから〉と決意を告げる「Palm」も彼らのリアルを表現している。yaccoは「私がこの歌詞を歌ったら、メッセージとして重くなると思うんですよ。でも、それがBakuの歌声で歌われることによって、受け取るリスナーの心に余白が生まれるのでは」と語っている(※1)。切なる思いを、1日の変遷を描くこととフィクションに自覚的であることによって包み込んだ作品が『Komorebi』なのだ。

えんぷてい

物語的なコンセプトでアルバムを発表しているのが、5人組バンド えんぷていだ。1stアルバム『QUIET FRIENDS』(2022年)は“星と星の旅行”を、2ndアルバム『TIME』(2024年)はその名の通り“時間”をテーマに制作されている。普遍的な作品を目指したという『TIME』には、ラストナンバー「宇宙飛行士の恋人」とオープニング曲「Turn Over」が連続する仕掛けが施され、砂時計が描かれたジャケットアートワークやアルバムタイトルと共に「アルバム1枚37分を砂時計のようにひっくり返して繰り返し聴いてほしい」(※2)という願いを強く表象している。この願望には、彼らがアルバムを通して聴くものだと考えていること、時間芸術品としての側面を意識していることが表れているだろう。

時間芸術品を追究することとコンセプトを確立することは不可分であり、その際に表題として“時間”を選ぶこと、すなわち時間をテーマに時間芸術を生み出すことは、“コンセプトをコンセプトにする”ようなものだ。『TIME』は作品をコンセプチュアルにすること、コンセプトに時間を選ぶことの双方の働きによって、より強固なテーマ性を確保したのである。そして、それによってえんぷていが伝えたかったこととは、〈あなたの全てになれないままで/朝食を作る ひとり 雨も避けずに/それが愛と気づく〉と歌う「あなたの全て」や〈誰かになれない僕のままで/許していけるのだろうか〉と揺らぐアイデンティティを吐露する「ハイウェイ」に顕著なように、愛や時間の不可逆性である。いつの時代にも通底している悩みや思想に対する彼らの答えが詰め込まれた1枚は、インディーロックやシティポップ的なサウンドと融合しながら老若男女を問わずに共鳴し得るどこか懐かしい作品となったのだ。

ここまで紹介してきた3バンドは、初期の作品から一貫した世界観にこだわった作品作りをしている。より完成度の高いものを求めた結果として1つのコンセプトへと洗練されていったのか、元来一貫した構想を持っていたのかは分からない。しかし、彼らがこだわりの詰まった1枚を提示することで、自分たちのスタイルを確立したことは間違いないのだ。

※1:https://realsound.jp/2024/04/post-1642158.html
※2:https://music.spaceshower.jp/news/259227/

(文=横堀つばさ)

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