「魔人探偵脳噛ネウロ」が19周年! ドーピングコンソメスープなどが登場したブラック・コメディ作品

by アサミリナ

【「魔人探偵脳噛ネウロ」第1巻】

2005年7月4日 発売

単行本1巻表紙

2024年7月4日、「魔人探偵脳噛ネウロ」の単行本1巻の発売日から19年が経った。

「魔人探偵脳噛ネウロ」は、後に連載した「暗殺教室」が大ヒットとなった松井 優征氏の作品。本作が連載されていたのは、集英社のマンガ雑誌「週刊少年ジャンプ」だ。

2004年、「魔人探偵脳噛ネウロ」で第12回ジャンプ十二傑新人漫画賞に準入選した松井氏は、漫画家デビュー。入選作品をもとに、2005年2月21日発売号から「魔人探偵脳噛ネウロ」の連載を開始した。つまり、本年は連載作品としての「魔人探偵脳噛ネウロ」は19周年だが、松井氏が描いた最初の「魔人探偵脳噛ネウロ」からは20周年となる。

本作は、謎を解いた時にのみ発生すると特殊なエネルギーを食糧とする突然変異種の魔人・脳噛ネウロ(のうがみネウロ)が、魔界の謎を喰い尽くした後、新たな謎を求めて地上に降り立ったところから始まる。

「地上で目立つのは魔界のマナーに反する」ということから、人間界で目立たず生活するべく、地上で出会った女子高生・桂木弥子に探偵という役割を与え、ネウロ自身は弥子の助手として立ち回る。

単行本は全23巻で、完結済み。2007年10月にTVアニメ化もされ、ネウロを子安武人さんが、弥子を植田佳奈さんが演じて話題になった作品だ。

ネウロと弥子の凸凹コンビが織り成す物語

「魔人探偵」とあるように本作はぱっと見、いわゆる推理物のように思えるが、松井氏自身が単行本1巻のコメントにて「単純娯楽漫画」であると記している。

事実、事件は毒殺や密室など一見謎が多いのだが、読者にそれを解かせようという風にはできていない。読者にヒントの提示もなく、推理に必要な捜査もネウロが持つ「魔界777ツ能力」という超常的な現象をメインに使って進めていくため、かなりはちゃめちゃな展開となっている。

主人公のひとりであるネウロは、不死身の魔人で魔界の謎を喰いつくした頭脳の通り、頭は非常に良い。実際、弥子という隠れ蓑はありつつも、あっという間に人間界に溶け込んだ。

しかし、その頭の良さ故か、はたまた魔人という超越した生物故か、弥子を玩具のように扱い、隙さえあれば暴力をはたらく、生粋のドSな性格をしている。つまり、弥子はネウロの奴隷のような扱いなのである。

ネウロと行動をともにする弥子(左)

基本的に人間自体に興味はなく、興味があるのは人間が作り出す謎だけ。謎を食べた後は一気にその場への関心が薄れ、犯人の動機などといったものはどうでも良い。

もうひとりの主人公の弥子は、父親が殺された事件をきっかけにネウロと出会い、女子高生探偵として父親の事件を解決。(もちろん、実際に解決したのはネウロ)そのまま魔界探偵事務所を設立させられ、名実ともに女子高生探偵として活躍していくこととなる。

普通の人間だが、ネウロを通じて様々な犯罪者と対峙していくに当たり、犯人に物おじせず正論をぶつけられるほどの度胸を持っている。また、ネウロの様々なドS行為にも、決してめげない。

また、化け物のように大食いなキャラクターでもあるが、食べられれば良いというわけではない。実際、料理に対して非常に真摯に向き合っている。ただし、ゲテモノ食いでもあり、コンクリートすらバターと醤油で味付けをしたら食べられると思う、と言ってのける。(実際に食べてはいないが……)

そういう意味でふたりを繋いでいるのは、実は「食事」である。それを表しているのが、第6話で登場した「ドーピングコンソメスープ事件」だ。各界の有名スポーツ選手から「成功を呼ぶ店」と呼ばれるレストラン「シュプリーム・S」のオーナーである至郎田正影が引き起こした事件で、料理の腕は一流でありながら、違法ドラッグを大量に混入した創作料理を提供していた。至郎田は、その事実を知ったチーフシェフを殺害する。

「至高にして究極」の料理を作っているという自負があるが、現場検証中に彼の料理を試食した弥子は「味は美味しいが、食べる事に失礼」とその料理の評を素直に口にして、至郎田を激昂させた。

そして至郎田はチーフシェフ殺害のアリバイトリックを解かれて追いつめられ、ドーピングコンソメスープを自身に注射する。すると、至郎田は筋骨隆々な姿となり、その姿は本作のファン以外にも大きな衝撃を与えた。

LINEスタンプより

そしてネウロは事件の解決後に笑う。「食物の価値は美味いかまずいか、多いか少ないか、それだけでいい。物質を喰う貴様も、謎を喰う我が輩も、違いはない」のだと。食事によってふたりの距離が縮まるのが感じられたのが、このドーピングコンソメスープ回だった。

奇抜な作風や独特のコマ割りにも魅せられる

松井氏の作品では、しばしば松井氏ならではのセンスが光る独特のコマ割りが見受けられる。コマをただブチ抜くだけではない。遠近法などを活かした画面構成が天才的なのだ。

デビュー作である本作でも「魔人」であるというネウロの設定を活かすべく、画面の構成が非常にトリッキーになっている。

筆者は絵の専門家ではないため詳しい画法などについてはわからないのだが、この松井氏の絵柄と画法は、読者を一気に「松井ワールド」に引き込んでしまう力がある。もちろん、筆者も松井ワールドに引き込まれて、その虜になってしまったひとりである。

松井氏の天才的なところはコマ割りだけに限った話ではない。「魔人探偵脳噛ネウロ」の場合、その物語の性質上凄惨な場面も多く描かれるのだが、読者の常識を覆すような表現がしばしば目に映る。

前述のドーピングコンソメスープなども松井氏でなければ決して浮かばない奇抜な例のひとつだが、普通(?)の毒殺ですら松井氏の手に掛かれば一生忘れられない場面のひとつになってしまうのだから、恐ろしい。

第1話では14ページに横に広がるトリッキーな構図が用いられているほか、28ページの毒殺シーンもかなり印象的だ

また、犯行を暴かれた時の犯人の豹変ぶりも本作の見どころのひとつだ。ドーピングコンソメスープだけではない。ファンならば、赤子を連れた主婦でありつつ爆弾魔という顔も持っていたヒステリアのことを覚えているのではないだろうか。

ネウロに犯行を言い当てられたヒステリアは、犬の耳のカチューシャを自分につけ、「ブッちゃけられないの! 家族の前では本音を出せないのよ!」と犬の顔に急変する。聖母のような母親としての顔と、本能のままに破壊衝動をむき出しにするヒステリア。この二面性の描き方などは、松井氏のギャグの才能も活かされており、ただただ恐ろしい爆弾魔の本性を見せつけられるのではなく、母親の顔と犬の顔が混在していく場面などでは、読んでいるほうも思わず吹き出してしまう。

松井氏もそれは意識しているようで、松井氏は「読者のストレスをこまめにケアする工夫が必要」と語っている。読者が不快になるキャラクターのマイナス面を、どのようにプラスに持っていくかを非常に意識しているのだ。

犯人の豹変シーンで犯人に抱く不快さ。それをネウロと弥子がスカっとやりこめるところもそうだが、ネウロがいちいち弥子にやりたい放題暴力を振るっても、弥子にはそれにへこたれない強さがある。だから、ネウロのドSっぷりが、上手くギャグになる。この絶妙な緩急に、読者は自然と引き込まれてしまうようになっていると感じられた。

ヒステリアが登場するエピソードを収録したコミックス4巻

どこで終わってもいいように考えられた物語に脱帽

松井氏は、本作がどこで打ち切りになってもいいようにと、複数の「理想の終わり方」を用意していたと語っている。本作は全23巻で終了しているが、これは松井氏が想定していた最長プランを最後までやり切った終わり方だったという。

実際、序盤から終盤までの伏線の張り方、回収の仕方も見事で、ジャンプ編集部内でも「こんなにストーリーが大団円で着地できたマンガも珍しい」と大評判だったそうだ。筆者も、「魔人探偵脳噛ネウロ」という作品がここまで考えられて作られていることに感服し、本当に凄い漫画家であると当時は唸ったものだ。

しかし松井氏は「魔人探偵脳噛ネウロ」のファン層は高年齢層という偏りが出てしまったことに納得していなく、そこから「暗殺教室」という幅広い層から愛される大ヒット作品を生み出すことに成功している。

「暗殺教室」は2012年から2016年にかけて連載された

確かに筆者が「魔人探偵脳噛ネウロ」を本誌でリアルタイムに読んでいたのはおよそ20年前であり、もう子供も産まれた後なので、いわゆる高年齢層のファンに入ってしまうのだろう。

松井氏は「少年マンガ誌での掲載なのに」という気持ちがあるのだと思うが、筆者としては20年近く経った今でも思い出に残るマンガのひとつとなった。松井氏の独特の発想、ギャグとシリアスとのバランスはもちろんだが、細かい伏線も最初から読み直してみると驚くばかりである。

これから「魔人探偵脳噛ネウロ」を読んでくれる人がいるかもしれないと思ってあえてネタバレは伏せておくが、思わずほろりとくるシーンも非常に上手く描いている。特に物語後半でネウロの前に立ちふさがる最大の敵「新しい血族」との戦いはシリアスな場面が多くなるが、「絶対悪」という立ち位置の新しい血族の不気味さも巧みに描きつつ、何故魔人であるネウロが人間のためにここまで命を張って戦うのかという点も描かれており、このあたりの戦いは充分少年マンガらしい熱さが感じられる。

天才・松井 優征氏のデビュー作となる本作。「暗殺教室」や、現在連載中の「逃げ上手の若君」から比べると確かにターゲットの年齢層はやや高めになる作品ではあるが、ぜひ読んでみてほしい。

ちなみにアニメはオリジナルの展開となっており、全25話。特にアニメ最終章のサブタイトルが、第23話が「責(さい)」、第24話が「塞(さい)」、第25話が「最(さい)」と、「さい」の文字が3つ続くあたりはアニメ独特のセンスを感じられてよい。ネウロ役の子安武人さんがかなりハマり役で、個人的にはこちらのアニメ版もオススメなので、機会があれば見てほしい。

松井氏は現在「週刊少年ジャンプ」にて「逃げ上手の若君」を連載中

(C)松井優征/集英社
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