『虎に翼』小林薫と伊藤沙莉の“師弟コンビ”が対立 男性キャラの型にはまらない穂高の役割

最高裁判事である恩師・穂高(小林薫)の退任記念祝賀会で手伝いを頼まれた寅子(伊藤沙莉)だったが、穂高の挨拶を聞いて自分を抑えられなくなってしまう。

『虎に翼』(NHK総合)第69話で、寅子は窃盗を繰り返す梶山栄二(中本ユリス)の処遇に頭を悩ませる。栄二の父・裕司(菟田高城)と母のルイーズ(太田緑ロランス)は離婚調停中。親権者を決める協議では、両親ともに親権を放棄すると言って譲らなかった。ルイーズはフランスへ帰国して人生をやり直すことを望み、裕司は現在の交際相手と再婚するつもりで、栄二は少年院送りになるから国でなんとかしてほしいと匙を投げた。

栄二の更正をめぐっては家裁の少年部が、両親の離婚は家事部が担当しており、寅子は少年部と家事部が協力することで最善の解決を導き出せると思っている。けれども、事はそうすんなりと進まない。多岐川(滝藤賢一)は家事部と少年部が対立しているのは、どちらも「司法の独立」という理想を守ろうとしているからだと語る。理想と理想がぶつかり合っている状態で、決まりきった答えはないということだ。

黙ったままの栄二について、少年部の檀(ドンペイ)は「彼にまっとうな居場所を作る必要がある。だが、本人の気持ちを理解せんことにはなんともならんのだよ」と考えを述べた。本人が何を望むかが一番大事で、いかにして栄二の本心を知ることができるかが焦点になった。裕司とルイーズの話し合いは平行線をたどったままで、このまま行くと審判にゆだねられる。つまり寅子が親権者を決めることになる。

モヤモヤとした気持ちを抱えて、寅子は祝賀会の日を迎えた。穂高に対して寅子は複雑な感情を抱いていた。弁護士を辞めることになった一連の顛末や、戦後、法律の世界に戻ってきた寅子に自身の了見で家庭教師をあっせんしたことで、二人の間には感情的なしこりがある。もちろん、穂高は共亜事件で直言(岡部たかし)の無罪の弁論をし、寅子を法律の道に導いた恩人だ。「家族法の父」として男女平等を推進し、民法改正に多大な貢献をしたことはこれまでに描かれたとおりである。

それだけに寅子は穂高の言葉が許せなかった。自らを「出がらし」と卑下し、反省の弁を口にする穂高。「雨だれの一滴にすぎなかった」と謙遜し、老いさらばえた自分はこれまでと後を託す穂高の態度は、普通に考えれば、立つ鳥が跡を濁さない見事な引き際と言える。しかし、それを聞いていた寅子の表情はみるみるうちに険しくなった。

「謝りませんよ、私は。先生の一言で心が折れても、そのあと気まずくても感謝と尊敬はしていました。『世の中そういうもの』と流されるつらさを知る、それでも理想のために周りを納得させようとふんばる側の人だと思っていたから。私は、最後の最後で、花束であの日のことを『そういうものだ』と流せません。先生に自分も雨だれの一滴なんて言ってほしくありません!」

なぜ寅子は怒りを爆発させたのか。寅子の怒りを、場をわきまえない不相当なものと考えることもできる。それでも寅子は言わずにいられなかった。なぜなら、穂高は寅子にとって父親代わりの超えなければならない壁だからだ。本作で描かれる男性像は、大別すると女性の社会進出に理解があるかないかで区分できる。寅子の家族は概して前者だった。優三(仲野太賀)や直言、直道(上川周作)、直明(三山凌輝)は寅子の挑戦を理解して支えた。「善人は若死にする」ではないが、残念ながら直明をのぞいてドラマの舞台を去っている。

明律大学の同期、花岡(岩田剛典)、轟(戸塚純貴)、のちに同僚となる小橋(名村辰)や稲垣(松川尚瑠輝)、上司の雲野(塚地武雅)、多岐川はそれぞれクセのある人物だが、寅子と視点を共有する理解者である。一方で、寅子と仲間たちの行く手を阻む人々もいる。梅子(平岩紙)の夫である弁護士の大庭(飯田基祐)が典型だが、各週のゲストで登場した男性キャラは、いわゆる「有害な男らしさ」とされる属性を具現化していた。

上記の登場人物は、ストーリーの進展にともないそれぞれの役割を担っており、“そういう人”として性格付けされてきたと言える。これに対して穂高は類型化できないキャラクターである。類型化できないということは、物語の中で変化し、成長する人物であることを意味する。そのことは、フェミニズム的視点を包含しつつ主人公の成長物語でもある『虎に翼』で、欠かすことのできないキャラクターであることを意味している。

穂高は弁護士法改正に尽力し、明律大学に女子部を創設することで、女性初の弁護士のちに裁判官となるヒロインが活躍する舞台を設定した。また、法律の意義を示す師として寅子を導いた。それだけではなく、寅子が異議申し立ての「はて?」をぶつける対象でもあった。ちょっと役割が多すぎる気もするが、第69話では穂高自身が寅子とのやり取りを通して傷つき、悩んでいたことも明かされた。

穂高は寅子を地獄へ引きずり込んだ人間である。寅子の“地獄”は先駆者ゆえの「わかってもらえなさ」にある。「スンッ」としないために行動する寅子は、周囲から見れば「モノ申す」ヤバい人だ。あまりのわかってもらえなさに、寅子のフラストレーションは言葉にならない叫びとして噴出する。穂高は寅子に指摘されて、自らの内にある有害さやパターナリズムと向き合ってきた。それでも寅子からすれば「まだまだ」なのだ。

わかってもらえない寅子と、理解しようとする穂高は永遠にすれ違ったままだ。自分たちを地獄に引き込んだことを忘れないでほしい、「雨だれ」などという都合のよい言葉でなかったことにしないでほしい。寅子の穂高に対する期待値はとても高く、ある意味で寅子は穂高に甘えている。穂高は戸惑いつつそれを受け止める。この師弟はすれ違ったまま見えないボールを投げ合っていて、二人のやり取りが『虎に翼』という物語の原動力になっている。尊属殺重罰の最高裁判決(のちに判例変更)を取り上げた第14週は、本作が必然的にはらむ“父殺し”の構図を明らかにするものだったと言えるだろう。
(文=石河コウヘイ)

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