河合優実×吉田美月喜、俳優人生を支えた先輩からの“お守り”言葉 「あなたなら大丈夫」

『チェンソーマン』で知られる漫画家・藤本タツキ原作の劇場アニメ『ルックバック』で、声優という新たな領域に踏み出したのが、河合優実と吉田美月喜だ。

河合が命を吹き込んだのは、学年新聞に4コマ漫画を描く小学4年生の少女・藤野。吉田は、藤野の同級生でありながら不登校の少女・京本を演じた。

演じるキャラクターは対照的ながらも、お互いに通じるものがあると話す2人。アニメーション作品ならではの、成長していく登場人物の声の演技について、俳優目線での洞察を交えながら語り合う姿からは、演技への真摯な思いが伝わってくる。

また、長年演技の道を歩んできた中で、キャリアの支えとなった言葉についても明かしてくれた。時に厳しい芸能の世界を生き抜く2人が、役者としての人生の中で大切にしている言葉とは一体何だろうか。同世代で同じ役者の道を歩む者だからこそ分かち合える夢への想いと、その実現に向けて歩んできた道のりを、等身大の言葉で語ってもらった。

■俳優を目指したきっかけ

ーー本作では漫画家になる夢の「きっかけ」が描かれています。まずはお二人の「俳優を目指したきっかけ」を教えてください。

河合優実(以下、河合):高校時代の3年間は、自分にとって大きな転機となりました。私が通っていた高校は、出し物やイベントに力を入れていて、ダンスや歌、演劇など、学生たちがプロではないながらもみんなで作品を作り、人に見せる機会がとにかく多かったんです。一緒に物作りをすることの楽しさや、お客さんから笑い声や掛け声、感動の反応が返ってくることに、これ以上の喜びはないと感じ、この道を仕事にしようと決意しました。

ーー舞台を作るという意味では演者として表に立つこと、もう1つは舞台を支える側として関わることの2つの側面がありますよね。演者の道を選ばれたのはなぜだったのでしょうか?

河合:もちろん、裏方に携わることもありました。振り付けを考えたり、音楽や動画の編集をしたり。とにかく幅広い視点で、何かを作ることの楽しさを味わってましたね。でも、その中で、優先順位としては直感的に、自分の体や声を使って表現することが一番好きで、自分に合っているように感じたんです。なぜだったのかは、明確な理由があるわけではないんです。いろいろやってみた結果、演者としてステージに立つことが自分のやりたいことなんだなと感じていたのが、演者の道を選んだ理由ですね。

ーー吉田さんはいかがですか?

吉田美月喜(以下、吉田):私が演技の仕事を始めたのは、中学3年生の時にスカウトされたことがきっかけですね。それが自分の中で大きなターニングポイントになったと思います。それまでは自分がこの業界で働くことは想像もしていなくて、ずっと部活動に打ち込んでいました。真っ黒に日焼けして、髪は短く切って、ファッションにも無頓着な、典型的なスポーツ少女だったんです。そんな中で、まさかのスカウトという予想外の選択肢が突然現れて、何だかちょっと気になって。「じゃあ、やってみようかな」と思って飛び込んだのが、この世界に入るきっかけになりました。

ーーそのスカウトを受ける前は、芸能界に対する憧れや興味を持った瞬間は全くなかったのでしょうか?

吉田:実は小学校2年生の時に、ふと、「かわいい服を着られるモデルさんっていいな」って思ったことがあって、そのことを母に話したんです。でもその時は、「あなたにもしそういうご縁があるなら、きっと将来またチャンスが巡ってくるから、今はしっかり勉強しなさい」と言われて、その話はいったん忘れていました。でも、結局勉強はそっちのけでスポーツばかりやっていたんですけどね(笑)。そうしたら中学生になって、急に身長が伸びて、メガネからコンタクトにしたら、スカウトの方に声をかけて頂きました。その時に、小学生の時に母が言ってたことを思い出したんです。これがあの時の“ご縁”なのかなって。だから、その気になってチャレンジしてみようと決めました。

■吉田「少しだけ自分の声を好きになれた気がします」

ーー今回、声優という新しい領域で演技に挑戦されたと思います。演技について視野が広がったと感じる部分を教えてください。

吉田:今回、初めて声だけで演技をするということをしたので、あらためて声の演技の難しさと、そこに重点を置くことの大切さを感じました。特に私が演じた京本は秋田弁をしっかり話す役で、これまでにも方言の役はやったことがあるんですが、身体表現を使える映画や舞台とは違って、声だけで方言を表現するのは、ハードルもプレッシャーも全然違うなと実感しました。この経験を通して、俳優にとって声がいかに重要かを痛感しましたね。

ーー声の重要性は、声優のお仕事をしてみて初めて気づくことも多いと思います。

吉田:実は私、もともと自分の声があまり好きではなかったんです。でも今回、この作品に起用していただいて、監督から京本のイメージに私の声質や持っているものが合っていると言っていただけたので、それが自信につながりました。おかげで少しだけ自分の声を好きになれた気がします。

河合:やってみて実感したのは、声優のお仕事は俳優とは似ているようでやはり違う職業だということですね。お芝居では声以外の表現方法も多く使えるので、声優として演じる中で、改めて声というものを見つめ直すきっかけになりました。セリフをどうやって届けるかということを、また新たな角度から考えることができて面白かったです。大学時代に演劇学科で学んだ時に、演劇は映像作品よりも「言葉」にかなりの比重を置いていることを感じて、お客さんにどうやってセリフを届けるかをよく考えたことがあって。声優のお仕事にもそれと通じるものを感じました。一方で、映像作品では言葉以外の部分で多くのことが表現できるので、物語を作り上げているセリフというものを、あらためて捉え直すことができたと思います。

ーー特に今回は、登場人物が成長していく物語なので、時間の流れとともに演技も変化していくのではないかと思います。

河合:おっしゃる通り、演技は変化していきますね。私が演じた藤野は小学生から大人になるまでを演じているので、台本を読みながら、どの辺りで声の質を変化させていくかを考えるのは手探りでしたが、声のトーンをどう変えていくかというプランは立てました。小学生の声を演じるのは、映画の俳優としてはあまりない経験だと思うので、そこも含めて楽しみながらアフレコに臨みました。

ーー演じるキャラクターは真逆ですが、お2人自身は似ているところがありますか?

河合:こうやって取材を受けていても「わかるわかる!」って思うことが結構多いです。

吉田:ね! 作品のことについてとか、自分自身のこととか……それこそ俳優人生のことについていっぱい話してるけど、共通する部分はたくさんあるよね。同世代っていうのもあるし、同じ演技っていうものをやってる中で、きっといろいろ考えてることが似ることもあるのかなとか思いながら、勝手に気が合うと思ってます(笑)。

■河合「そんなふうに言葉をかけられる人になりたい」

ーー作品の中で幼い頃の京本の言葉が藤野の心に刺さって、夢につながっていくというシーンがありました。俳優人生の中で、誰かから言われた言葉で印象に残っているものがあれば教えてください。

河合:いろんな方からたくさんの言葉をいただいているので、どれも大切なのですが、ひとつ挙げるとすれば、映画『PLAN 75』で共演した倍賞千恵子さんから言われた言葉ですね。撮影の最後、2人のシーンが終わって私が現場を離れる時に、千恵子さんがハグをしてくださって、「頑張ってれば誰かが必ず見てるから、あなたなら大丈夫だよ」と言ってくださったんです。それを聞いて、すごく心が温かくなりました。共演自体はものすごく短い時間だったのですが、そう言葉をかけていただけたことがとても嬉しくて、本当に頑張ろうという気持ちになれました。私も年を重ねて、若い俳優さんたちと一緒にお仕事する機会があれば、そんなふうに言葉をかけられる人になりたいなと思います。

ーー長いキャリアの中で、お守りのような言葉になりそうです。

河合:そうですね。最近、過去の自分を振り返った時にも、この言葉に支えられていたことを思い出しました。

吉田:私は、一時期すごくつらい時期があったんです。自分にとって本当に受かりたかった大きなオーディションに落ちてしまって、そこからずっと悪いループに陥ってしまった時期で、オーディションに落ち続けてしまって……。当時通っていた演技レッスンが高校生までだったんです。だから、高校卒業後のその時は、それまで通っていた演技レッスンも終わっていて。そんな時、久しぶりに演技レッスンを見学させてもらったんです。レッスンが終わった後、長年教えてくださっていた演技の先生が、私の顔を見て「キラキラしてた頃の顔と違うね」と言われたんです。

ーー先生は見抜いていたんですね。

吉田:そうですね。ビックリしたのと同時に、最近なかなかうまくいってないことを話して。そうしたら先生が「自分が監督やお客さんからどう見えるか、いい演技ができるかではなく、作品をどうしていくかを考えなさい」と。俳優はそうあるべきなのに、オーディションに受からなきゃという気持ちが強すぎて、「自分を良く見せなきゃ」「いい演技をしなきゃ」という狭い視野になってしまっていたんだなって、ハッとさせられました。先生の言葉で、俳優はそういう存在でなくちゃいけないと再確認できた気がします。その後、すぐにオーディションに受かったわけではないけれど、心の中のモヤモヤしたものは晴れた感じがして。今でも、行き詰った時はその言葉を思い出して、作品のために自分に何ができるかを考えるようにしています。
(文=すなくじら)

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