「バイク×コーヒー」で記憶に残る一杯を 移動式コーヒー店の思い オーナーは元鉄道技師

神戸の呑吐ダムつくはら湖展望台駐車場に出店時の「車輪珈琲」。オーナーがフルフェイスヘルメットとライダースジャケットを着用してハンドドリップのデモンストレーションを行う様子 (写真提供:車輪珈琲)

「味も見た目もインパクトがある」と、神戸のバイク愛好家の間で話題のコーヒー店があるという。ツーリングスポットを中心に出店する、移動式コーヒー店の「車輪珈琲」だ。元鉄道技師の顔も持つオーナー、ヤマダさんに話を聞いた。

■缶コーヒーが好きだったけれど

ヤマダさんの本職は会社員。父の影響で乗り物好きに育ち、鉄道技師として海外での技術支援の経験も持つ。2021年から2年ほど住んだ札幌で、コーヒーに開眼したという。

【写真】明石海峡大橋や姫路城の前で、メット姿にてコーヒーを入れる様子も

「バイクで道内をツーリングするなかで、とあるコーヒー工房で飲んだ一杯の味わいに衝撃を受けました。口に含んだ時に、舌の奥で感じる刺激と、飲んだ後も舌に残る濃厚な余韻で五感が刺激され、それまで缶コーヒー派だった私の価値観が大転換したのです。まさに人生を変えた一杯でした」

湿度が低く冷涼な北海道の気候と、ツーリングによる心地よい疲れが、口に含んだ瞬間の感動を増幅させたとも話すヤマダさん。ハンドドリップによる味や香りも含めたコーヒーの奥深さに夢中になり、バイクでのカフェや焙煎所めぐりが始まった。

「ほどなく自分でもおいしいコーヒーを淹れたいと思うようになり、器具を揃えて目標とする焙煎士の工房に通いました。そして2023年に神戸市へ転居し、ツーリングやカフェめぐりを重ねるうちに、『バイク×コーヒー』というコンセプトでの開業を決意したのです」

■ライダーの聖地でわかったこと

とは言え、いきなり店舗を持つのはリスクも高い。自営業の妻のアドバイスと管理の下、副業の移動式店舗という形でスタートすることになった。そこに舞い込んだのが、神戸市によるにぎわい創出のための社会実験プロジェクトの話だった。

「呑吐(どんど)ダム周辺の、つくはら湖展望台のにぎわい創出のための社会実験でした。神戸市北区と三木市にかかる呑吐ダムのつくはら湖は、ライダーの間では聖地として有名です。その展望台駐車場で、キッチンカーなどの移動販売形式で飲食を提供するというプロジェクトでした」

ヤマダさんは早速、テントや給水タンク、コーヒーの抽出器具などの道具を調達して神戸市の営業許可証を取得。店名の「車輪珈琲」には、鉄道、クルマ、バイクと車輪が付く乗り物で出かける楽しさと、五感を刺激し“記憶に残る一杯の珈琲”を届けたいというヤマダさんの思いが込められている。こうして2024年5月26(日)と6月2日(日)に出店した車輪珈琲は、大好評を博した。

メニューは、「ホットコーヒー」「アイスコーヒー」が各500円、「深煎り濃厚アイスコーヒー」が1000円(それぞれ税込)だ。いずれもヤマダさんが各地の焙煎所で出会った、選りすぐりの豆が提供される。この日のアイスコーヒーには、神戸市東灘区御影の焙煎所の豆が使われた。時折、フルフェイスヘルメットとライダースジャケットを着用して、ハンドドリップのデモンストレーションを行うと、その姿を撮影する人が続出したという。

「当日はバイク愛好家だけでなく、クルマで訪れる方々も多かったです。『コーヒーがおいしかったから』と、2回の出店の両方に来てくださったグループもいて、嬉しかったですね。呑吐ダムのつくはら湖に集まる人たちは皆さんフレンドリーで、バイクやクルマ談義で距離が縮まりました」

一方で、ヤマダさんのもとには気になる声も寄せられた。

「呑吐ダムのつくはら湖には、神戸市内に6か所ある『BE KOBE』 モニュメントが設置されていて訪問者も多いのですが、展望台駐車場周辺には自動販売機しかなく、トイレも休憩スポットもないんですね。『せっかく風光明媚な場所なのにもったいない』とか、『観光スポットとして整備してほしい』といった声が聞かれました。私も実証販売の社会実験報告書に記載して、神戸市に報告したところです」

■「バイク、クルマ×コーヒー」を楽しんでほしい

呑吐ダムつくはら湖での出店後、三重県のバイク愛好家が集まる宿泊施設で出店した車輪珈琲。7月11日(木)には北海道美瑛町で、7月28日(日)には神戸市のライダースブーツ店「ロッコ」で出店予定だ。さらに8月と10月には、徳島県の剣山スーパー林道の山小屋カフェでの出店も決まっているという。

「バイクやクルマ好きが集まる様々な場所に出店することで、缶コーヒー派だった私が北海道で体験したような、“人生を変える一杯”に出会ってもらえれば。そのためには私自身も抽出の腕を磨いたり、場所や季節に合わせた最適な一杯のために豆を選んだり焙煎したりと、研鑽を積んでいきたいですね」

意欲的に話すヤマダさんには、一杯のコーヒーを通じて広げたい世界がある。ツーリングやドライブの目的地として、車輪珈琲を訪ねてみてはいかがだろう。

取材・文=水野さちえ

© 株式会社ラジオ関西