【社説】年金の財政検証 甘い想定では信頼高まらぬ

 厚生労働省が、公的年金の長期見通しを5年に1度点検する財政検証の結果を公表した。過去30年と同程度の経済状況が続くケースでも「現役収入の50%以上」の給付水準を最低限維持できるという。

 50%以上は「100年安心」を掲げた2004年の年金改革で、政府が約束していた。林芳正官房長官は「今後100年間の制度の持続可能性が確認された」と評価したが、果たしてそうだろうか。

 財政検証は年金の「定期健診」とも言われる。実態に即した診断をすべきなのに、前提となる出生率や実質賃金の想定などが甘い。このような政府の姿勢では、年金制度に対する国民の信頼が高まるとは思えない。

 会社員と専業主婦の夫婦が共に65歳に達した世帯が財政検証のモデルである。この夫婦が受け取る年金額を平均的な現役男性の手取り収入と比べた給付水準(所得代替率)は、24年度の61・2%から33年後の57年度に50・4%へ約2割低下。その後は下げ止まる。女性や高齢者を中心に働く人が増え、保険料収入が増えると見込むことで給付水準は前回より改善するという。

 ところが、前提条件の設定がいただけない。実質賃金を年換算でプラス0・5%、合計特殊出生率を1・36と設定している。足元の実質賃金は今年4月まで25カ月連続でマイナスが続いている。賃上げが物価上昇に追い付いていないからだ。出生率も23年の実績は過去最低の1・20。少子化で支え手が減少する事実から目を背けているのかと疑われても仕方ない。

 好転材料として外国人労働者の増加や、最近の株高を背景にした年金積立金の運用益も見込んでいる。どれか一つでも目算が外れれば、50%割れが現実味を帯びる。楽観できる状況ではなかろう。

 公的年金は老後の生活を支える基盤である。現在の年金支給額は、モデル世帯で月22万6千円。24年度改定で金額こそ増えたが、物価高を補うほどではなく、実質的に目減りしている。

 33年後にはさらに減って21万4千円となる。国民にとっては厳しい見通しだろう。この金額も受給開始時の状況に過ぎず、年齢を重ねるごとに給付水準は低下する。老後の生活はとても「100年安心」とはいえない。そんな不安を、政府はどこまで把握しているのだろうか。

 厚生年金に加入せず、国民年金(基礎年金)だけに頼る人はさらに厳しい。

 現在は満額で月6万8千円の国民年金は33年後に給付水準が3割低下する。非正規雇用が急増し蓄えが少ないとされる就職氷河期世代が40年ごろに高齢期を迎える。低年金対策は待ったなしである。制度への信頼を回復できなければ保険料のさらなる未納、滞納につながりかねない。社会保障と組み合わせたシミュレーションも必要だろう。

 政府は年金を取り巻く現実を直視し、負担増などのデメリットも含め情報の開示を進めてもらいたい。名実ともに持続可能な制度へ、改革を進めることが求められる。

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