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長寿化にともなって「定年後のライフプラン」の重要性が増す日本。現役時代から綿密なプランを立てている人も少なくないでしょう。しかし、人生が“計画どおり”にいくとは限りません。そこで大切なのが、「予想外の事態への対応力」です。今回、ファイナンシャルプランナーの石川亜希子氏が、定年後にマイホームを購入したA夫妻(60代)の事例から、家計を脅かす「予想外の事態」への対処法を解説します。
定年退職を機にマイホーム購入も…3年後「予想外の事態」に
定年退職したばかりのAさん(65歳)は、現役時代は転勤族で、2歳年上で専業主婦のBさん(67歳)と長男と家族3人、全国の社宅を転々としてきました。
そのため、家賃は相場よりかなり抑えられており、貯金は順調。退職に伴う社宅からの退去を機に、ついに、退職金と貯金で4,000万円のマイホームを購入したそうです。
長男はすでに家庭を持っているため、2人暮らしのA夫妻にそれほど広い住まいは必要ありません。購入したのは、最寄り駅から徒歩7分のところにある2LDKの築浅マンションでした。
駅からマンションまでの道は、にぎやかな商店街が続き、近隣には病院や公園なども充実しています。また、都心に出るにも便利な立地です。
暮らしやすさももちろんですが、なにより念願だったマイホームをようやく手に入れることができ、2人は喜びもひとしお。月に約24万円の年金を受給しながら、その範囲内でつつましくも幸せな日々を過ごしていました。
しかし、マイホームを購入して3年ほど経ったころ、妻のBさんに異変が起きます。
Bさんに起こった「異変」
Bさんは、何度も同じことをAさんに尋ねたり、物の名前が出てこないことが多くなりました。
Aさんは当初「Bも年を取って忘れっぽくなったなあ」と楽観的に考えていましたが、Bさんは徐々に、これまでならば考えられないような行動をとるようになりました。
料理上手だったはずが、調理中に焦がすことはしょっちゅう。身なりにも気を遣うほうでしたが、明らかに季節感のおかしい服装で出かけようとします。また、以前より怒りっぽくなったようです。
さすがにこれはおかしいと感じたAさんは、Bさんを連れて病院を受診。そこで、「アルツハイマー型認知症」の初期であると診断されました。
そのころはちょうどコロナ禍で、外出規制なども重なり、Bさんの症状は急激に悪化していきました。
このままでは俺も病んでしまう…Aさんの悲痛な嘆き
マイホームを手に入れ、明るい老後のスタートから一転、介護の日々へ……。責任感の強いAさんは当初「息子にも心配をかけたくないし、いままで支えてくれた妻への恩返しだ」と、1人きりで介護にあたっていました。
しかし、介護には休みがなく、ずっと妻と2人きり。自分の楽しみに充てる時間もありません。相談する相手もおらず、Aさんはしだいに精神的に追いつめられてしまいました。
「老人ホームに入ってもらったら楽になるだろうか? いや、それでは妻がかわいそうだ。それに、マンションを買ってしまってそんなお金もない。でも……あぁ、こんなことなら家なんて買わなければよかった!」
Aさんが限界寸前まで追い込まれていたところ、久しぶりに我が家を訪ねてきた長男がその異変に気づきます。
「なんでも1人で抱え込まないで、専門家のところに相談しよう。費用なら俺がだすから」
息子に背中を押されたAさんは、親子でFPのところへ相談に訪れることに。FPに経緯を話すなかで、Aさんは「妻のことは愛していますが、もう介護を続けていく自信がありません……」と、力なくこぼしました。
長期介護の負担を減らすこれだけの対処法
Aさんと息子さんからひととおり話を聞いたFPは、「まずはAさん自身の心身の健康を保つために、1人で抱え込まないことが大切です」と伝えたうえで、いくつかのアドバイスを行いました。
■家族、友人、ヘルパー……頼れる「誰か」に話す
介護は先の見通しがつきにくく、休みもありません。地域や親族との交流も昔に比べ少なくなっている現代においては、1人で背負っていると孤立し、身体的・精神的な負担が積み重なっていきます。また、発想もどんどんネガティブになってしまいがちです。
Aさんのように責任感が強い人ほど、「人に迷惑をかけてはいけない」と考えがちですが、それは思い込みです。話を聞いてもらえるだけでも気が楽になりますから、家族や友人はもちろん、ケアマネージャーや訪問ヘルパーなど、人と話す機会を意識して持つようにしましょう。
認知症患者を抱える家族が気軽に話したり相談したりできるコミュニティもありますので、利用してみるのもいいでしょう。
「金銭的な問題」は国が助けてくれる場合も
■「介護サービス」を利用する
次に、利用している介護サービスについても、ぜひ見直してみましょう。要支援・要介護状態になると「介護保険制度」が適用され、介護保険法に基づく介護サービスを1~3割の費用負担で利用することができます。
長く続く介護のためには、24時間つきっきりである必要はなく、介護者が介護から離れる時間を持つことも大切です。
たとえば、在宅介護をしている方向けの地域密着サービス「小規模多機能ホーム」なら、「通い(デイサービス)」、「訪問(ホームヘルプ)」、「宿泊(ショートステイ)」を組み合わせて、月額定額制で回数の制限なく利用することができます。利用の際は、市区町村のホームページから空き状況を調べることができます。
■費用負担が心配なら、「高額介護サービス費支給制度」を利用
ここまで説明すると、Aさんは次のように言いました。
「自分でやらなきゃ、っていうのがそもそも間違いだったんですね……。息子にももう少し早く頼ってみればよかったです。介護保険サービスもぜひ利用したいのですが、そうはいっても、マンションを買ってしまって貯金があまりなくて……。利用は難しいかなと思っています」。
Aさんのように、公的介護を利用する際の費用負担が気になる場合には、「高額介護サービス費支給制度」を利用するといいでしょう。
公的介護保険サービスの自己負担額は所得に応じて1~3割ですが、それでも、日常的に利用していると金額は膨れ上がります。高額介護サービス費支給制度は、1ヵ月の負担額合計が上限を超えた場合に、その差額が支給される制度です。
負担額の上限は所得によって異なりますが、一般的な所得の世帯であれば4万4,400円です。ただし、申請しなければ支給されないため、注意が必要です。
Aさんは、「そんな制度があるんですね、知らなかった。介護サービスを利用するときは、忘れずに申請します」と、安心した表情で話してくれました。
マイホームを手放さずにまとまったお金を手に入れる方法
■「リバースモーゲージ」を利用する
また、もし、Bさんの認知症の症状がより進行し、施設への入所を検討するような段階になった場合、いまの自宅に住み続けながら、自宅を担保に金融機関から融資を受けられる「リバースモーゲージ」という制度もあります。
条件は金融機関によって異なりますが、死亡後に自宅を売却するなどして借入金を返済します。
自宅に住み続けながらまとまって資金を得ることができ、生存中は利息のみの返済になるので負担が軽いといったメリットがある一方、
・契約時に相続人全員の同意が必要
・金利変動で負担が増加する場合がある
・主に戸建てを対象としていて、マンションだと条件が厳しい
などのデメリットもあります。
FPが「Aさんの自宅はマンションですが、立地や築年数から融資が可能かもしれません。リバースモーゲージも検討してみてはいかがですか?」と伝えたところ、
「そんなやり方もあるんですね。なんとかなりそうな気がしてきました」と、Aさんに笑顔がみられました。
予想外の事態に追い詰められていたAさん。ただ、複数の対処法があることを知り余裕が生まれたことで、少しだけ前向きな気持ちになれたとのこと。
今回のケースのように、予想外の事態に陥った際「自分で対処しなければ」と考え、徐々に追い詰められてしまうというケースは少なくありません。しかし、自分ひとりで対処できることには限界があります。まずは第三者に相談し、場合によっては国や自治体の精度を活用するなど、うまく周りを頼りながら対処していきましょう。
石川 亜希子
AFP