対馬丸の悲劇思い一冊に 栃木の上野さんが出版 母の体験談、短歌を通じ

出版した本を手に、対馬丸事件や母への思いを語る上野さん=6月上旬、栃木市

 太平洋戦争中、米軍の攻撃を受け沈没した沖縄の学童疎開船「対馬丸」から生還した元教員新崎美津子(にいざきみつこ)さん(享年90歳)の長女で栃木市西野田、上野和子(うえのかずこ)さん(77)が4日までに、対馬丸事件への思いをつづった単行本を出版した。海で4日間漂流した壮絶な母の体験談や、家族に秘して書いていた母の短歌を通じ、平和への願いを記した。発刊に合わせて6月、沖縄県内で小学生らに対馬丸事件について語る活動も行った。上野さんは「平和への思いが薄れないよう継承したい」と誓いを新たにしている。

 対馬丸は1944年8月21日、疎開する学童834人を含む1788人を乗せ長崎県に向け航行中、米潜水艦の魚雷攻撃を受けて沈没し、1484人が亡くなった。

 美津子さんは学童の引率で妹と乗船。妹は海に投げ出され助からず、美津子さんは4日間、いかだにつかまり生き延びた。その後、結婚と夫の仕事の関係で栃木市に移り住んだ。

 2011年に亡くなった美津子さんはその4年前から、地域で体験談を話すようになった。活動に寄り添ってきた上野さんは美津子さんの死後、母の言葉や思いを同人誌や文芸誌に寄稿した。今回は書きためた約10年間の原稿を中心にまとめ、出版した。

 「妹よ堅く握れる手が離れ学業半ばの汝(なんじ)も沈みき」

 本には、子どもたちや妹を思う母の短歌を随所に盛り込んだ。タイトル「蕾(つぼみ)のままに散りゆけり」は、「子供等は蕾のままに散りゆけり嗚呼(ああ)満開の桜に思う」の短歌から取った。

 沖縄戦を巡り、疎開を進め本県で顕彰される沖縄県警察部長で宇都宮市出身の荒井退造(あらいたいぞう)にも触れた。疎開事業の中で起きた疎開船の悲劇-。上野さんは、住民疎開に尽力した退造を「母が苦しんだ発端」と表現しながらも、退造を「栃木の誇り」と理解していく過程も記した。

 今夏は沈没から80年の節目。出版を記念し6月上旬、沖縄県内の書店でトークショーを行ったほか、那覇市内の対馬丸記念館で地元の小学生約60人を前に語った。

 上野さんは「母の思いを継がなければ対馬丸のことが忘れられてしまう。母の言葉、戦争の真実を伝える使命感で書いた。ぜひ手に取ってほしい」と話した。

 本は県内の一部書店に並ぶ。256ページ。1980円(税込み)。(問)悠人書院・福岡(ふくおか)さん090.9647.6693。

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