小海線(JR東日本)高原地帯や八ヶ岳の眺望、美しい星空に近づく路線

天空にいちばん近いローカル線・小海線(JR東日本)

日本全国津々浦々をつなぐ鉄道路線。
そんな日本の鉄道路線は、150年以上の歴史を持ちます。

日常の一部でもある鉄道路線は地域と密接に関わり、さまざまな歴史とともに走ってきました。
通勤・通学で使用するなじみのある路線にも、思いがけない歴史があるかもしれません。
旅の目的地へ連れて行ってくれる路線には、見逃せない車窓が待っています。
さあ、鉄道路線の歴史の風を感じてみませんか?

今回は、日本一標高の高い地点を走る高原鉄道の絶景はもちろん、地名に秘められた歴史・文化にも触れられる小海線(JR東日本)をご紹介します。

小海線の歴史

JRで最も標高の高い地域を通る“八ヶ岳高原線”

JR東日本の小海線は、山梨県の小淵沢駅と長野県の小諸駅を結ぶ全長78.9kmの路線です。八ヶ岳東南の山麓を横断し、千曲川の源流に沿って佐久盆地へ抜ける路線で、高低差は実に700mあまり。特に小淵沢〜松原湖駅間は標高1000mを超える高所を走っており、八ヶ岳高原線の愛称で親しまれる、JR線では日本一標高の高い地点を走る路線です。
清里〜野辺山駅間にはJR線で最も標高が高い地点(標高1375m)があり、駅も標高1345mの野辺山駅を筆頭に、JRで最も標高の高い駅のうち1位から9位までが当路線にあります。


小海線清里駅に掲示されていた駅の標高くらべ(1973年6月撮影)

日本国有鉄道線路最高地点(1973年6月 清里~野辺山駅間撮影)

小海線のルーツは、1915(大正4)年に小諸〜中込駅間が開業した佐久鉄道です。佐久地方南部における養蚕・製糸業の発展を背景に計画された私鉄で、将来は富士身延鉄道(現在のJR身延線)と連携して太平洋岸まで鉄路をつなぐべく、中央本線との接続を目指しました。
しかし、標高1000m以上の野辺山高原を越えるには資金も技術も足りず、1919(大正8)年に小海駅まで延伸したところで経営が悪化。小海より先は国が建設することになり、小海と小淵沢の双方から建設が進められました。1932(昭和7)年に小海〜佐久海ノ口駅間が「小海北線」として、翌1933(昭和8)年に小淵沢〜清里駅間が「小海南線」としてそれぞれ開業、1934(昭和9)年には佐久鉄道も国に買収されて小海北線に編入されました。そして1935(昭和10)年11月、最も標高が高い清里〜信濃川上駅間が開業して小淵沢〜小諸駅間が全通し、小海線と改称されて現在に至ります。

小海線の車両

世界初の営業用ハイブリッド気動車が活躍

2024年6月現在、小海線の通常列車はすべて普通列車で、キハE200形とキハ110系100番代が使用されています。
2007年に導入されたキハE200形は、世界初の営業用ハイブリッド気動車として開発された車両で、製造された3両すべてが小海線で活躍しています。


キハE200形のエネルギーモニター(2024年2月 栗原景撮影)

同車のハイブリッドシステムは「シリーズ方式」と呼ばれ、まずディーゼルエンジンで発電した電気で主電動機(モーター)を駆動して走行。同時に、発電した電気の一部やブレーキ時に発生する電気を大容量リチウムイオンバッテリーに充電して、駆動力や車内サービス電源に使用します。

運行中は、車内のモニターにハイブリッドシステムの稼働状況が表示され、いまどのエネルギーを使って走っているかを確認できます(キハE200-3を除く)。

キハE200形は、通常は勾配の少ない小諸方で運用されていますが、1日1往復だけ、全線を走り通して小淵沢までやって来ます(小諸12:00発[230D]小淵沢14:24着・15:01発[231D]小諸17:24着/2024年6月現在)。電車とほぼ同じ仕組みで走り、定速走行機能も備えたキハE200形は、ばつぐんの乗り心地。下り勾配となる野辺山〜小海駅間はほとんどエンジンを起動せず、バッテリーに充電された電気だけで走行するなど、まるで電車のような走りを楽しめます。


キハE200形は乗り心地もばつぐん(2017年9月 北中込~岩村田駅間撮影)

もう一つの主力車両、キハ110系100番代は、老朽化した国鉄世代の気動車を置き換えるために1991年に登場した普通列車用気動車です。420psの強力なエンジンと、自動車のオートマチックに近い変速装置を装備し、下り勾配でスピードを抑える抑速ブレーキも搭載するなど、山岳路線の小海線でも軽快に走行できる機能を備えています。
客室は、どちらも向かい合わせのクロスシートを基本に、車端部にロングシートを備えるセミクロスシートで、クロスシートは2×2の4人席と1×2の2人席があります。また、キハE200形はバリアフリーに対応して床面とホームの段差が小さくなっているほか、車いすに対応した大型トイレを備えています。


山岳路線を軽快に走るキハ110系(2017年6月 小淵沢~甲斐小泉駅間撮影)

天空に一番近い観光列車「HIGH RAIL 1375」

小海線を訪れたら、一度は乗車してみたいのが、観光列車の「HIGH RAIL 1375」です。
キハ100系とキハ110系気動車を改造した2両編成の列車で、小海線の特徴である標高の高さを表す「HIGH」と、線路の「RAIL」、そして野辺山駅から清里駅にかかるJR線標高最高地点「1375m」を組み合わせたネーミング。


ノスタルジックな旅のイメージをかき立てる「HIGH RAIL 1375」(2017年9月 野辺山~信濃川上駅間撮影)


星空を映し出す「ギャラリーHIGH RAIL」(2017年6月撮影)

四季の星々をあしらった座席は、窓側を向いたペアシートやグループに最適なBOXシート(1号車)、ゆったりとしたリクライニングシート(2号車)の3タイプがあります。

また、2号車には天井の半球形ドームで星空映像を楽しんだり、天文関連書籍を自由に閲覧したりできる「ギャラリーHIGH RAIL」があり、日没後の運行となる「HIGH RAIL 星空」では、野辺山駅前で星空の観察会も開催されます(悪天候時は近隣の施設で案内もしくは中止の場合あり)。車両検査の時期を除き、年間を通じて週末を中心に運行。特に冬季の「HIGH RAIL 星空」は、防寒対策こそ必要ですが、晴れていれば満天の星を楽しめます。


小海線の見どころ

小淵沢の駅弁を味わい八ヶ岳・富士山を望む

日本を代表する高原鉄道ということで、小海線は車窓風景もばつぐんです。起点は中央本線の小淵沢駅ですが、ここは「元気甲斐」をはじめとする駅弁で有名な駅。4月末から9月までは小海線ホームの売店でも駅弁を購入できます。また、改札外の1階にある売店「MASAICHI」では年中無休で駅弁やドリンクなどを販売しています。
食事や飲みものを確保したら、小海線の旅に出発です。座席は、どちらかというと進行方向左側がよいでしょう。八ヶ岳の勇姿を間近に見ることができます。

小淵沢駅を発車した列車は、すぐに最初のハイライトである小淵沢大カーブ、通称「大曲」に差しかかります。築堤上を、25‰(1000m水平に進むごとに25mの高低差)R300(半径300m)の曲線でほぼ180度方向転換する大カーブで、進行方向左前方に八ヶ岳、そして右後方に富士山を見はらす大パノラマが展開します。


車窓から富士山の大パノラマを望む(2024年1月 小淵沢~甲斐小泉駅間 栗原景撮影)

甲斐小泉からは雑木林に入り、勾配はどんどんきつくなります。甲斐大泉駅を発車すると、33‰という急勾配に。清里からは2.5kmに及ぶ33‰区間に入り、キハ110系もキハE200形も40km/h台でゆっくりと上っていきます。

勾配が緩くなると、視界が開けて標高1375mのJR最高地点の踏切を通過。下り勾配となって野辺山に向かいます。この時、進行方向右手に見えるのが、国立天文台野辺山宇宙電波観測所の45m電波望遠鏡。「ミリ波」と呼ばれる電波を観測できる世界最大級の電波望遠鏡で、銀河の中心に巨大ブラックホールが存在することを初めて確認したことで知られています。


日本の電波天文学の「聖地」とも呼ばれる国立天文台野辺山宇宙電波観測所

「海」のつく駅名に秘められた地域の歴史

さて、標高1345mの野辺山駅まで、23.4kmで459m上ってきた列車は、ここから小諸駅までの55.5kmで682m下ります。二つ先の佐久広瀬駅までは、33‰の下り勾配が断続的に現れ、トンネルも6カ所あります。信濃川上駅を発車すると右手から現れる川は、千曲川。日本一長い信濃川の長野県側の名称で、小海駅までに7回、支流である西川を含めると8回渡ります。信濃川や千曲川というと、飯山線やしなの鉄道の車窓から見る穏やかな清流のイメージがありますが、このあたりは水量が多い時期になると、荒々しい渓流の姿を見せてくれます。

佐久海ノ口駅は、小海線沿線では貴重な徒歩圏内の温泉、海ノ口温泉の下車駅です。大昔、このあたりが海底だった時代に堆積した鉄分やヨウ素などのミネラル成分が豊富な湯で、駅から徒歩5分の一軒宿では日帰り入浴も可能です。また、「海ノ口」という駅名は、隣の「海尻」や、路線名にもなった「小海」とも関係があります。日本有数の山岳路線なのに、なぜ「海」がつく駅がいくつもあるのでしょうか。

この「海」は、「湖」を指します。今から1000年あまり前、八ヶ岳の水蒸気爆発によって千曲川やその支流の大月川がせき止められ、大小いくつもの湖が生まれました。このうち、大きな湖の両端が「海ノ口」「海尻」と呼ばれ、地名として、そして駅名として残ったのです。また、海尻の北には、「相木湖」と呼ばれた小さな湖があり、これが「小海」の由来となりました。これらの湖の多くは、その後の決壊などによって姿を消しましたが、いくつかは松原湖、大月湖、長湖などとして残っています。
小海線の「海ノ口」「海尻」「松原湖」「小海」といった駅名は、そうしたこの地方の歴史を今に伝えているのです。

千曲川の水力発電を見て城下町・小諸へ

小海駅は、佐久鉄道の終着駅だった駅です。ここまで来ると高原鉄道の雰囲気は薄れ、信濃の里山をのどかに走るローカル線の趣となります。高岩からは千曲川の河岸段丘の崖下を走り、右は崖と森、左は田畑と民家という景色。千曲川はもう一段下の崖下を流れており、なかなか流れは見えません。
この辺りは、古くから水力発電が行われている地域でもあり、高岩〜八千穂駅間や、海瀬駅付近で水力発電の送水管をまたぎます。右の崖上に水を貯めておき、千曲川に落とす力で発電するのです。

龍岡城駅は、幕末に築城された龍岡城の最寄り駅。函館の五稜郭とともに、日本に2カ所しかない星形の洋風要塞で、駅から徒歩20分の場所に、星形の城址が保存されています。この辺りは長野県でも有数の米どころで、左右に水田が広がり、遠くには左手に八ヶ岳が、右手に浅間山がよく見えます。


眼前に美しい田園風景が広がる( 2017年9月 太田部~龍岡城駅間撮影)

太田部駅を過ぎると民家が増えて、次は中込駅。かつて佐久鉄道の本社が置かれた駅で、現在は小海線の車両基地である小海線統括センターを併設。昔も今も、ここが小海線の心臓部です。
その昔、中山道と佐久甲州街道などが交差した宿場、岩村田を過ぎると、北陸新幹線に接続する佐久平駅。三岡駅の先からしなの鉄道と並走しますが、次の乙女駅と東小諸駅は小海線にしかホームがありません。

終着の小諸駅は、小諸城址懐古園や島崎藤村ゆかりの地として知られる文化都市です。新幹線が経由しなかったことで一時は衰退も心配されましたが、近年は古い町並みを活かしたカフェや店舗が増え信州らしい趣を残した街として再び注目を浴びています。
高原鉄道の絶景はもちろん、地名に秘められた歴史・文化にも触れられる小海線。首都圏をはじめとする都市部からも手軽に訪れることができ、日帰りでも宿泊でも楽しめるエリアとしておすすめのローカル線です。


小海線(JR東日本) データ

起点 : 小淵沢駅
終点 : 小諸駅
駅数 : 31駅
路線距離 : 78.9km
開業 : 1915(大正4)年8月8日
全通 : 1935(昭和10)年11月29日
使用車両 : キハE200形、キハ110系100番代・700番代、キハ100系700番代


著者紹介

栗原 景(くりはら かげり)

1971年、東京生まれ。鉄道と旅、韓国を主なテーマとするジャーナリスト。出版社勤務を経て2001年からフリー。
小学3年生の頃から各地の鉄道を一人で乗り歩き、国鉄時代を直接知る最後の世代。
東海道新幹線の車窓を中心に、新幹線の観察と研究を10年以上続けている。

主な著書に「廃線跡巡りのすすめ」、「アニメと鉄道ビジネス」(ともに交通新聞社新書)、「鉄道へぇ~事典」(交通新聞社)、「国鉄時代の貨物列車を知ろう」(実業之日本社)ほか。

  • ※写真/栗原景、交通新聞クリエイト、フィールドデザインギャラリー
  • ※掲載されているデータは2024年6月現在のものです。変更となる場合がありますので、お出かけの際には事前にご確認ください。

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