夕日を追いかけて走る 最長普通列車の旅

 全国で最も長い距離を走る普通列車に乗った。JR山陽線の岡山発下関行き、名前は「369M」。363キロを7時間33分かけ、夕日を追いかけながら走った。

 長ければ偉いわけではないけれど、やはり長駆する列車は尊い。何年か前に北海道の滝川−釧路間308・4キロを結ぶ普通列車に乗った。当時はその列車が最長だったが、この春に369Mが登場して世の乗り鉄はソワソワし始めた。所要時間は釧路行きの8時間21分が依然首位(ゆっくり走るから)で、二つの「最長」が併存する。もちろん全区間を乗り通す人など好事家のほかにあるはずもなく、今春の登場も偶然だろう。遠からず消えるに違いないから、今のうちに乗っておくのがいい。

 西日の差す岡山駅は尋常ならざる暑さだったが、車内は冷房が強すぎて寒い。Tシャツの上に長袖2枚を重ね着しているうちに発車した。下関には真夜中に着く。後半は全く外が見えないだろうが、暗闇を見つめて過ごすのも、また趣深い。

 乗り心地は悪くない。タタタ…とレールを刻む音を聞くほど気分が落ち着いてくる。窓外に広がる田んぼの緑がすがすがしい。終点までの駅の数は84。倉敷、福山、尾道、三原、広島、岩国、徳山、宇部…。小学生時分だったか、地図帳で見覚えた大都市や工業都市が次々と現れる。尾道の前後で瀬戸内海が見え、造船所をかすめる。会社の夏祭りらしく、大きな工場に浴衣姿の人々が集まっていた。

 懐にはJRの普通列車にどこまでも乗れる「青春18きっぷ」がある。18歳限定ではないが、好ましい名前だ。既に18の2倍ぐらいの年齢に達しているけれど、いくら乗り続けても疲れない気がする(気がするだけ)。

 午後7時すぎに広島着。数分の停車の間に九分通り暮れ、あとは看板の灯火ばかりが目に付く。左側の車窓、海の向こうにあるはずの宮島も見えない。一方で車内はにぎやかになった。広島で乗った若い外国人のお兄ちゃん2人が、映画「アナと雪の女王」の「ありのーままでー」という、例の歌の英語版を口ずさんでいる。岩国で降りたから米兵かもしれない。この先、徳山まで瀬戸内海の間近を走るも、真っ暗闇。少し視線を上げると、対岸の周防大島の山頂あたりに、小さな大文字焼きが見えた。お盆だなと思う。

 ずっと走り続けた369Mは徳山で33分も止まる。時間を調整して終電に化けるのだろう。いったん駅を出ると、屋台があった。カウンターのほか2脚の食卓も出して、十数人のお客で繁盛している。酒、焼酎、サワーにおでんと品数豊富だが、そんなものに手を出したら33分では済まない。しょうゆラーメンを食べた。後からやってきた常連風の2人連れが「しょうゆ…いや豚骨でしょ」と言って豚骨ラーメンを注文した。今度は豚骨にしようと思う。

 すっかり満腹して、午後10時ちょうどに発車。あとは下関まで1時間50分、列車に体を預けてまどろんでいればいい。◆山陽線369M  岡山を午後4時17分に発車し各駅に止まる。途中の福山到着は同5時15分、広島7時9分、岩国8時7分、徳山9時27分、新山口10時42分、下関11時50分。青春18きっぷは春、夏、冬に発売され5回分で1万1850円。夏季は今月31日まで発売、9月10日まで有効。

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