ジャン・コクトーの一人芝居「声」をモチーフに、芥川賞作家の平野啓一郎(41)が初めて戯曲を書き下ろし、寺島しのぶ(43)が主演した現代朗読劇「肉声」が11月に草月ホール(東京都港区)で上演された。
「声」の舞台は1930年代のパリだったが、「肉声」は40〜45年の戦時中の日本。裕福な初老の男が、庭にプールがある邸宅に囲う愛人(寺島)と電話を重ねる。物語では、繰り返す逢瀬(おうせ)を「快楽の距離」と表現するなど、官能的な一幕もある。
平野は脚本に、「私にとってあなたはダンナでも、奥さんにとっては夫」と、小説「ドーン」の中で提示した「分人主義」の考え方を刻んだ。身近に迫る戦火に不安が広がるが、自らの本心を言葉にしない女の、「私は最後、どんな自分で死ぬだろうか」という問いは、舞台を見つめる客の心をハッとさせた。
「第2次大戦中、ビルマ戦線に送られた祖父から、戦場では『天皇陛下万歳』ではなく、『お母さん』と叫び、命を絶つ人が多かったと聞きました。好きな人の名前を呼んで死ぬことに意味がある」と平野。
バイオリニストの庄司紗矢香(33)が弦をはじくなどし、うねる心や変動する時を表現。「さよなら」と告げた女の顔には悲しみと安堵(あんど)が交じっていた。
構成・演出・美術は、小田原ふるさと大使を務める現代美術作家の杉本博司(68)が担当。劇の終盤に杉本が手がける写真作品「廃虚劇場」を彷彿(ほうふつ)とさせる、真っ白なスクリーンが映し出される場面もあり、観客を驚かせた。