上原、菅野、ボルダリング!? 「勝負の年」楽天・美馬の新たな取り組み

「本当に肩肘に不安なく投げられているんで、自分としても自信を持って投げられていますね」楽天がキャンプ序盤を過ごした沖縄・久米島で、美馬学はそう切り出すと日焼けした顔に温和な表情を広げた。昨季はプロ入り6年目にして初めて怪我なく1年を戦い抜いた。振り返ると、2011年にプロ入りして以来、毎年のように右肘などの故障に泣かされた。自分の身体に不安がない感覚を味わうのは久しぶり。これまで不安を打ち消すかのように「壊れないように何とか強くしよう」とウエイトトレーニングに取り組んできたが、試行錯誤を繰り返す中でトレーニングに関する考え方に少し変化が生まれたようだ。

楽天・美馬学【写真:荒川祐史】

健康に1年を投げ終えての気付き「1年投げることでつく筋肉ってすごく大事」

「本当に肩肘に不安なく投げられているんで、自分としても自信を持って投げられていますね」

 楽天がキャンプ序盤を過ごした沖縄・久米島で、美馬学はそう切り出すと日焼けした顔に温和な表情を広げた。ブルペンでの投球練習を終えた直後。手応えを感じる内容だったこともあるが、心身の状態がいいことは雰囲気からも読み取れる。自主トレで訪れたハワイは晴天続き。「練習し放題でした。相当追い込んだっていうより、身体ができちゃったっていう感じ(笑)」と言うが、それに異論があるはずもない。

 昨季はプロ入り6年目にして初めて怪我なく1年を戦い抜いた。振り返ると、2011年にプロ入りして以来、毎年のように右肘などの故障に泣かされた。自分の身体に不安がない感覚を味わうのは久しぶり。これまで不安を打ち消すかのように「壊れないように何とか強くしよう」とウエイトトレーニングに取り組んできたが、試行錯誤を繰り返す中でトレーニングに関する考え方に少し変化が生まれたようだ。

「1年投げることでつく筋肉って、すごく大事だと思うんですよ。則本(昂大)とか見ていて、すごく思います。そんなにウエイトをやるタイプじゃないのに、1年終わったら身体がすごくデカくなるんですよ。本当に投げて(筋肉が)ついてるなって感じ。田中(将大)もそうでしたね。投げるための筋肉は投げることでつけて、あとは維持する程度にウエイトをするくらいなんでしょうね。

 今までは怪我が多かったから毎年感覚もずれてくるし、自分の中で疑ったりして結構ハマっちゃうこともあった。でも、今年はそういうのが全然ない。去年1年投げられたことは大きいです。1年やってみてよかったことを継続してできるし、気持ち的にもいい感じですね」

 故障明けで迎える春は常に「ゼロからのスタート」だった。だが、今年は昨季作った土台の上に、もう一段積み重ねる感覚なのだろう。「肘と肩に不安がない分、いろんなことが試せる」と、これまで取り組みたかったテーマにも向き合えるようになった。

「どうしても身長がないんで、ボールをリリースしてからホームまでの距離が出てしまう。どうやったら近づけるか考えて、歩幅(踏み出し幅)を大きくしながら、リリースポイントを前に出すようにしています」

リリースポイントを前に…美馬がヒントを得た2人の投手

 これまで足の踏み出し幅は6足分だったが、半足から3/4足伸ばし、7足弱ほどになった。投手にとって、半足以上前に踏み出すことは大きな変化。「最初は全然ダメで、身体がポーンって飛んじゃう感じでした」と笑うが、今では下半身でマウンドを押しながら踏ん張るイメージで踏み出し、上半身にしっかり力が伝わる感覚が生まれた。

 球持ちを長く、リリースポイントを前に出す取り組みでは、2人の投手から刺激を受けた。巨人の菅野智之、そして今季からカブスに移籍した上原浩治だ。菅野とはハワイの自主トレ場所が同じで、初めて間近でキャッチボールする姿を見た。

「菅野君、すごくリリースが前なんですよ。どうやってそこで(球を)離しているんだろうって不思議なくらい。なんであんなに長く球を持っていられるのか。今まで見たことないですよ。すごい。僕もリリースを前にしたいと言いながら、どうすればいいのか、あんまりイメージがついていなかった。でも、ハワイで菅野君を見て『ああ、こういう感じなのかな』って思うところがありましたね。

 不思議なんですよね。テイクバックした時にボールを持つ手が低い位置にある。みんな大抵テイクバックで腕が高く上がるんですけど、菅野君はコンパクトで低い。上原さんに近い投げ方に見えましたね」

 メジャー屈指の救援投手となった上原とは、日本での自主トレ場所が一緒だ。並み居るメジャーの強打者を退ける右腕には、キャッチボールで驚嘆させられた。

「上原さんの投げ方を見させてもらって、キャッチボールでフォークがあんなに落ちる人初めて見ました。コントロールが本当にすごい。上原さんは歩幅があまり出ないけど、リリースは前なんですよね。聞いてみたら、指の力がポイントだって仰有っていた。菅野君も指の力を鍛えていると言っていた。だから、今年は指を意識して鍛えるようにしています」

好不調の振れ幅を小さく『「美馬のために」って言ってもらえるように』

 社会人時代から知るトレーナーの勧めもあり、このオフに挑戦したのがボルダリングだ。フリークライミングの一種で岩や壁を登るボルダリングは、東京五輪の正式種目にも採用された。このスポーツは指先の強化はもちろん、全身のトレーニングになったという。

「結構腕がパンパンになるんですよ。普段のトレーニングで鍛えても、そこまで筋肉痛にはならない。でも、ボルダリングは相当きついです。指先が鍛えられるのと同時に、頑張って脚を伸ばしたりするので、股関節の動きもよくなるんですよ。何よりも楽しみながらできるのがいいですよね。やってよかったなって思います。結局、行けたのは4回くらいですけど、今度のオフも取り入れたいなっていうくらいよかったです」

 充実のオフを過ごして臨む今季。先発陣では、西武からFA移籍してきた岸孝之に次ぐ2番目の年長者となった。若手選手が台頭する中で、美馬は密かに「ホント今年は自分の中では勝負の年です」と位置づける。まず狙うは「届きそうだけど全然届かない」ままの2桁勝利だ。

「僕は助けてもらって勝っている試合が多いんです。2桁勝つ投手って、勝利を自分で引き寄せている。序盤は打たれても、そこから我慢して我慢して、8回9回まで投げられるピッチャー。僕はダメだと5回6回で降りることが多くて。1試合1イニングでも長く投げられれば全然違うと思うんです。

 いい時と悪い時の振れ幅が大きいんですよね。試合中に(気持ちが)切れちゃっている、みたいに言われることがある。自分ではそんなことはないんですけど、そう見えちゃうとチームに頑張ってもらえない。そういう姿を見せずに、好不調の振れ幅を小さくしていきたいです。

 そのためにも、今取り組んでいるフォームでいけば、大分違ってくるかなって気がしてます。ボール球が減って、もっとストライクゾーンで勝負ができるかなって。今年は何でこんなにクリアにできているのか分からないんですけど、自信を持ってやっています。

 試合で結果を出しながら、『美馬のために(勝とう)』って、みんなに言ってもらえるように頑張ります」

 楽天が日本一となり、美馬がシリーズMVPに輝いてから4年。あの時の興奮と感動を再び味わうためにも、30歳右腕は勝負をかける。

佐藤直子●文 text by Naoko Sato

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