〈時代の正体〉朝鮮学校の子ども「心に痛手」 補助実施求め県弁護士会声明

【時代の正体取材班=石橋 学】神奈川県弁護士会(三浦修会長)は、県が留保・停止した朝鮮学校の児童・生徒への学費補助を速やかに実施するよう求める声明を出した。9日付。県の対応は学習権を保障する憲法や国際人権諸条約に違反する恐れが大きい上、子どもたちに重大な悪影響を与えたと指摘している。  県は、朝鮮学校を運営する学校法人神奈川朝鮮学園に求めた教科書改訂が行われていないことを理由に2016年度の補助を留保、17年度分は予算計上を見送ったが、声明は一連の対応を問題視。学園に権限がないにもかかわらず改訂に固執する県の理不尽さを指摘し、「(憲法で保障された)学習権を侵害し、国際人権規約や人種差別撤廃条約、子どもの権利条約に違反する恐れが大きい」としている。

 さらに、補助対象となっている外国人学校のうち朝鮮学校のみ特別扱いする差別性▽私学の自主性尊重の原則に反して教科書改訂を求める不当さ▽教育を受ける権利を尊重するための補助制度を子どもと無関係な筋違いな理由で自らゆがめる矛盾を列挙。結果、朝鮮学校の児童・生徒が「経済的損害のみならず、日本社会から疎外されたという大きな心の痛手を被っている」と深刻な影響に言及している。

 声明文は以下の通り。【神奈川県に対し、神奈川朝鮮学園に通う児童・生徒への学費補助を行うことを求める会長声明】 神奈川県が2016年度の交付決定を留保している、県内の朝鮮学校5校を運営する学校法人神奈川朝鮮学園(以下「学園」という。)に通う児童・生徒に対する「外国人学校児童・生徒学費軽減事業補助金」(以下「学費補助」という。)について、黒岩祐治神奈川県知事は、2017年2月8日、2017年度の当初予算案に計上しないことを明らかにした。その理由について、学園に通う児童・生徒に対する学費補助は学園が使用する教科書に拉致問題を明記する改訂がなされることが前提となっていたにもかかわらず教科書の改訂ができない状態が続いていることを挙げている。

 しかし、学園で使用している教科書は、全国の朝鮮学校の教職員等で構成された教科書編纂委員会が作成しているもので、学園単独で改訂できるものではない。

 学園は、2012年度をもって学園に対する運営費補助金が打ち切られてから、拉致問題について独自教材を用いて授業を行い、神奈川県職員の見学まで認めている。また、その独自教材については、神奈川県が拉致問題に関する記述が明確になされていると評価するものとなっている。それにもかかわらず、教科書の改訂に固執し学費補助の予算計上をしなかった神奈川県の対応は、朝鮮学校に通う児童・生徒の学習権(憲法第26条第1項、同第13条)を侵害するおそれや、我が国が批准する国際人権規約(自由権規約・社会権規約)、人種差別撤廃条約及び子どもの権利条約に違反するおそれが大きい。

 また、他の外国人学校に通学する児童・生徒に対する学費補助については教科書の記載内容が問題とされたことはなく、学園に通う児童・生徒に対してのみ教科書の記載内容を理由に学費補助を行わないのは、学園に通う児童・生徒に対する差別として憲法第14条に違反するおそれが大きい。

 さらに、県が教科書の記載内容を学費補助の条件とすることは、私学の自主性の尊重をうたった教育基本法や私立学校法の趣旨に反するといわざるを得ない。

 そもそも、運営費補助金の代償として2014年度から開始された学費補助は、従来交付されていた運営費補助金よりも低額にとどまるという問題こそあれ、子どもたちには国際情勢・政治情勢に左右されることなく安定的に教育を受ける機会を確保したいという趣旨で始められたもので、子どもの教育を受ける権利や教育における機会均等・財政的援助・文化的アイデンティティの尊重等を実質化する重要なものである。学園に通う児童・生徒は、拉致問題についても教科書改訂がなされていないことについても何ら責任はないのであり、補助金を交付しないことはこの学費補助制度の趣旨に反する。そしてその結果として、学園に通う児童・生徒は、十分な学費を受けることができないという経済的損害のみならず、日本社会から疎外されたという大きな心の痛手を被っている。

 神奈川県は、多文化共生、国際交流を重視し、学園とも長年信頼関係を築いてきた。当会は、神奈川県に対し、これまでどおり人権を擁護する基本姿勢を維持すること、現在留保している2016年度の学費補助の速やかな実施及び2017年度の予算案への計上を求めるものである。2017年(平成29年)3月9日神奈川県弁護士会会長 三浦修

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