【特集】社長辞任劇の「なぜだ」

三越伊勢丹、失速した業界の雄

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日本橋三越本店=東京都中央区
三越伊勢丹HDの大西洋社長=2016年11月8日
伊勢丹新宿本店=東京都新宿区
三越伊勢丹HDの業績推移

 「業界の雄」の退場はあまりにも突然だった。本業の百貨店に軸足を乗せて経営改革に乗り出していた三越伊勢丹ホールディングス(HD)の大西洋社長が3月末、任期途中で辞任する。昨年11月に発表した地方店舗のリストラを巡って社内で不協和音が生じ、労働組合が猛反発したことが遠因とされる。中国人観光客による「爆買い」終息を予見できなかったことも響き、窮地に立つトップに最後は社内力学が働いた。老舗ブランドの担い手の世界に何が起きているのか。(共同通信=柴田友明)

 ▽危機感

 「今のやり方では百貨店はだめになる」。2012年2月、大西氏がトップに就任した当初語ったのは苦境に立つ業界への危機感だった。婦人服が主流の百貨店業界で紳士服担当として頭角を現し、「伊勢丹メンズ館」の立ち上げにかかわり成功に導いたやり手として知られた存在だった。経営統合されて4年を経たHDのかじ取りを任せられ、業界の旗手として一躍脚光を浴びた。

 着手したのが営業スタイルの抜本的な見直しだった。今の「働き方改革」につながる取り組みだ。元日を除き年中無休としてきた百貨店の「常識」を破り、店舗の休業日を復活、営業時間の短縮も実施した。正月も2日まで休みにしてライバル百貨店と一線を画した。仕事にメリハリを付けて、営業日に人員を厚くする。百貨店にふさわしいサービス向上を目指そうとした。

 夏冬のセール時期も改め、生産業者と一緒に靴や子供服の新ブランドを立ち上げた。大西氏が社長に就任してからわずか2年、HDは営業利益で過去最高益をたたき出した。一方で、この大西路線は好調な中国人の爆買いがあったからこそ支えられていた。

 ネット通販や量販店の攻勢にさらされる百貨店業界全体の市場規模は9.7兆円(ピーク時の1991年)から昨年6兆円を割り込むほど縮小している。

 ▽こだわり

 銀座の通りに中国人客の観光バスが連なり、まだ爆買いが続いていた2015年12月。筆者は大西氏に直接話を聞いたことがある。

 「中間層の消費が伸びない」「婦人服は毎年10%落ちている」。地方店舗の厳しい状況、会社が直面する課題に触れながらも、強調したのは自身が描く百貨店の「理想像」だった。将来を担う人材を育て、創造的な品ぞろえ、店の空間に遊び心やわくわく感をどう生み出すか。そういうことを熱く語った。

 販売実績がある店員には高い報酬が支払われるべきとの持論も展開して「労働組合から『チームワークが崩れる』と反対されている」とふと漏らしたのが印象的だった。

 ほかのライバル百貨店が売り場をユニクロやニトリなどに貸して、テナント料を稼ぐ方針に傾倒していることに対して、大西氏の本業へのこだわりに百貨店マンとしての矜持(きょうじ)を感じた。しかし、最近の売り上げ低下の現実は冷酷だった。

 3月20日、三越千葉店が33年の歴史に幕を閉じた。JR千葉駅近くの商業地にあり、そごう千葉店や郊外の大型商業施設と競り合ったが、営業を続けられなくなった。「お客様のことは決して忘れません」と閉店セレモニーで頭を下げる店長らに拍手が送られる中、正面玄関の扉がゆっくり閉まった。首都圏の店舗でも岐路に立っていることを多くの人が実感するシーンだった。

 ▽ひずみ

 「地方店舗については質問しないでください」。2月に大西氏の秘書から電話でそう強い調子で告げられ、筆者は驚いた。直前に大西氏自身にメールで「改革」の現状について取材を申し込み、快諾を得ていた。日時の調整を任せられた担当者の言動から逆に、地方店舗の問題が社内で極めて神経質に扱われていることを知った。

 昨年11月8日の中間決算の会見で、大西氏はリストラ候補になっている4つの店名(伊勢丹松戸店、府中店と広島三越、松山三越)を明らかにした。社内的な根回しが不足したまま、公表したことが現場や経営陣、労組の間で大きな混乱を呼んだとされる。

 16年度の営業利益の見通しは前年度比27.5%減と業界で独り負け状態となり、ここにきて急激に事業の多角化を図ろうとしたことで大西氏への批判が社内でさらに高まった。

 「攻めの伊勢丹、守りの三越」。ファッションの発信力に定評がある伊勢丹、富裕層の顧客基盤に強みを持つ三越。企業文化の違いも業績悪化とともに社内対立を生む要因の一つとなったと指摘する声も。貧すれば鈍する。トップの「独断」にさまざまな感情が噴出したことは想像に難くない。

 3月4日、大西氏と二人三脚でやってきた三越出身の石塚邦雄会長が強く辞任を求めて、大西氏もその場で応じたという。石塚氏は6月で退任することも決まった。

 辞任が発表された翌日の8日午前、大西氏は伊勢丹新宿本店で来店客を出迎えていた。毎週水曜と土曜、開店時に本店1階に立つのが習慣だった。この日、報道陣に辞任理由を聞かれ、大西氏は「自分の責任ですから」と多くを語らず店を離れた。3日後、土曜の開店日、本店1階のいつもの定位置に大西氏の姿はなかった。筆者の取材も担当者から受けられなくなったと謝罪の電話があった。

 「社内での対話が不足していた」。13日、大西氏に代わってHD社長に4月1日付で就く杉江俊彦専務は記者会見で、かつての上司をばっさり切り捨てた。