運転の88歳、不起訴 「認知症、注意義務問えず」 港南・小1死亡事故

 横浜市港南区で昨年10月、集団登校中の小学生の列に軽トラックが突っ込み1年生の男児1人が死亡、7人が重軽傷を負った事故で、横浜地検は31日、自動車運転処罰法違反(過失致死傷)の疑いで逮捕・送検された軽トラックの無職男性(88)を嫌疑不十分で不起訴処分とした。精神鑑定で男性はアルツハイマー型認知症と判明。地検は、男性が正常な運転能力を欠いた状態で事故現場に差し掛かったと判断し、注意義務違反が問えないと結論付けた。

 地検によると、男性は事故前日の朝に自宅を出発。認知症の影響で道に迷ってパニック状態になり、東京都から横須賀市までの範囲を丸1日、ほぼ休むことなく車で徘徊(はいかい)し続けた。

 他人に道を聞くなどの冷静な判断は難しく、自身の疲労度も認識できない状態だった。逮捕後の精神鑑定以前に、医療機関などで認知症の診断を受けたこともなかった。

 地検はそれらの点を総合的に検討。前方を注視して的確に車を操作する能力や途中で運転を中止する判断能力を、男性が喪失していた可能性が否定できず、片岡敏晃次席検事は「注意義務違反を認定するのは困難という結論に達した」と説明した。

 事故は昨年10月28日午前8時すぎに発生。横浜市立桜岡小学校1年の男児=当時(6)=が全身を強く打ち死亡した。

 男性に認知症が疑われたことから、地検は事故当時の精神状態を調べるため3カ月間の精神鑑定を実施。勾留期限の今年2月16日に処分保留で釈放し、在宅捜査に切り替えて起訴の可否を慎重に見極めてきた。

 関係者によると、男性は逮捕後の調べに「自分は運転していない。リヤカーが爆発した」「事故は夕方」などと不可解な供述をしていたことも新たに分かった。

 運転中は直進と左折のみでほとんど右折はせず、都内では接触事故も起こして相手に現金2万円を渡し示談していたことも判明。

 一緒に住んでいた女性とは携帯電話で数度やり取りし、「車が壊れているので直している」「横浜公園の近くにいる」などと告げていた。徘徊24時間「特異ケース」 捜査の初期段階から認知症が強く疑われたドライバーに刑事罰が科せるのか、注目を集めた事故の結末は不起訴だった。横浜地検は男性の鑑定結果に加え、24時間にも及んだ徘徊(はいかい)運転をとりわけ重視。「極めて特異な状況」と表現し、結果を大きく左右する要因になったと説明した。

 今回の事件の特徴は故意犯ではなく過失犯という点だった。過失罪の成立には運転者に注意義務違反が認められることが要求され、捜査関係者は当初から「刑事責任能力の有無以前に、(男性の行為が)犯罪に該当するのかがポイント」との見立てを示していた。

 ただ認知症の患者であっても正常な運転が可能な場合はあり、注意義務違反の認定には症状や状況の細かな検証が不可欠だ。男性について検証する過程で、地検が着目したのは事故に至るまで丸一日も運転を続けていた点だった。

 防犯カメラの解析からほとんど休息を取ることのない迷走状態だったことが分かり、男性がパニックに陥っていたと分析。どこを走っているのかも理解できず、抱えていたであろう疲労も自覚できないまま事故現場に差し掛かった男性には、途中で運転を止めるという当然の状況判断も、事故現場での適切なハンドル操作も期待できる状態ではなかったと判断した。

 地検は「今回は認知症だから事故が起こったというケースではなく、徘徊運転によって疲労困憊状態におかれたことが直接の原因になっている」と指摘。高齢ドライバーによる悲惨な事故は後を絶たないが、「認知症の人が運転したら罪に問われないという単純な話ではない」と強調した。

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