ドラフト1時間後に“クビ”宣告 楽天は「命の恩人」、ドラ9左腕が感謝の初登板

一度は“クビ”を言い渡された戦場で躍動した。楽天のドラフト9位左腕・高梨雄平投手は2日のオリックス戦(京セラドーム)でプロ初登板。1イニングを無安打無失点でデビューを飾った。チームの4点差逆転で開幕3連勝を呼び込む力投。上々の初登板となった。

楽天・高梨雄平【写真提供:東北楽天ゴールデンイーグルス】

プロ初登板に秘めた「恩返し」の想い 投手生命の危機救った奇跡の9位指名

 一度は“クビ”を言い渡された戦場で躍動した。楽天のドラフト9位左腕・高梨雄平投手は2日のオリックス戦(京セラドーム)でプロ初登板。1イニングを無安打無失点でデビューを飾った。チームの4点差逆転で開幕3連勝を呼び込む力投。上々の初登板となった。

「4点差だったので、なんとしても1点も与えないという気持ちで必死で投げました」

 0-4で迎えた6回。濱矢に代わり、3番手で名前がコールされた。先頭の8番・若月をカウント2-2からスライダー遊ゴロに斬ると、続く駿太はスライダーで見逃し三振。安達に四球を出したが、西野を直球で遊ゴロに仕留めた。左のサイドからゆったりとした間で繰り出す変則フォームで、無安打無失点。20球で役割を全うした。

「ああ、ここがプロ野球なんだな」と感慨に浸ったプロ初マウンド。それは半年前、道を断たれかけた場所だった。

 昨年のドラフト会議で楽天から9位で指名された。会議開始から1時間半以上が経過し、全体で87人中、後ろから3番目でようやく名前を呼ばれた。吉報を受け、チームの寮で喜びの記者会見を終えた後だった。和嶋監督から、こう告げられた。

「もし、来年も残っていたら、お前は野手だった」

バット引き、ビデオ係…引退覚悟した社会人時代、才能を見出した楽天スカウト

 薄々覚悟はしていた。でも「マジかよ」と思った。吉報から、わずか1時間後に明かされた投手の“クビ”宣告だった。

 もがき抜いた社会人生活だった。早大3年春に東大戦で東京六大学史上3人目の完全試合を達成。しかし、卒業後に進んだJX-ENEOSでは調子を落とし、社会人野球の名門の壁にぶち当たった。最高峰の都市対抗では1年目はバット引き。2年目に至っては予選でベンチ入りすらできず、ネット裏からデータ用のビデオカメラを回すだけ。チームも敗れ、本戦に出場できなかった。

「このままだったら、もう今年で“上がり”だろうな」。入れ替わりの激しい強豪、本気で引退を覚悟した。活路を求めたのは昨年、夏前のサイドスロー転向だった。「骨を埋めるつもりでやる」。プロでは希少な左の横手なら生きる道もある――。そう信じて、肘の位置を下げた。密かな挑戦の裏で、人知れず熱視線を注いでいたのが、楽天・後関スカウトだった。

 与えられた実戦の場は、オープン戦や小さな大会がほとんど。敗戦処理を託されていた時期もある。それでも、24歳の才能に可能性を見いだし、視察に足を運んだ。「プロに行けるなら何位でもいい」。社会人選手の、そして名門のJX-ENEOSとしては異例ともいえる“縛りなし”という本人の心意気をチームを通して伝え聞き、サイド転向からわずか3か月の左腕を9位指名に踏み切った。

 高梨は当時を振り返った。

「不確定要素しかない自分を拾ってくれて、社会人でクビになるところだった自分をプロに導いていただいた。もし、このまま社会人に残って引退して、会社員として生きて行っても、40歳、50歳になった時、きっと後悔すると思った。だから、9位であっても、チャンスを頂いた時に『行かない』という理由はなかったし、少しも迷いはなかった。小さい頃から夢だったプロへの道を作っていただいたのは、球団と後関さん。本当に感謝しています」

「命の恩人」への恩返し「自分くらいのポテンシャルなら命をかけて投げないと」

「85番目の男」は指名後、フォーム固めに腐心した。未完成のサイドスロー。年明けの新人合同自主トレまで必死に「投げるたびに毎日、変わってしまう」というフォームを矯正するため、ネットスローを続けた。スライダーにキレが出て、手応えをつかんだのは、2月の春季キャンプ直前。そこからオープン戦6試合で防御率1.42と結果を残し、あれよあれよと開幕1軍に入った。

 今年開幕1軍入りした新人15選手で、全体85番目の指名は最下位だった。175センチ、81キロ。決して大きな体があるわけでも、特に速い球があるわけでもない。唯一、違うのは左から繰り出す肘の位置が周りよりもずっと、低いことだ。

「自分くらいのポテンシャルならば、1回の登板に命をかけるくらいで投げないと。頭も技術も、自分が持っているものをすべてかけないといけない。でも、不安はなかった。ドラフト9位であっても、まだ出てない結果を怖がることの方がもったいない。結果が出るか、出ないか、可能性を決めるのは、すべて自分でいい」

 早大時代、中村奨吾(現ロッテ)、重信慎之介(現巨人)らとともにリーグ戦に一塁でスタメン出場したこともあるほど、打撃センスは高かった。だから「チーム残留なら野手転向」という方針もあながち、ない話でもなかった。しかし、今は投手、そして、プロという道を与えてくれた楽天に報いることしか頭にない。

「9位という順位でも活躍することを見せて、獲っていただいた恩返しがしたい。まずは勝ちパターンで『コイツでいこう』と思ってもらえるようになること。そして、今まで見てきた世界と全く違うプロという世界で、野球を楽しみ尽くしたい。自分は自分を信じてやっていくだけです」

 アマ野球で投手のクビを宣告されながら、ドラフト9位で拾われたプロのマウンドで躍動する。そんな数奇な野球人生は、そうないだろう。しかし、「命の恩人」となった球団への恩返しを秘め、高梨はスタジアムの中心で腕を振る。マウンドに立てる喜びを、誰よりも感じながら。

神原英彰●文 text by Hideaki Kanbara

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