女イチローも感服 元G鈴木尚広が目指した「体の省エネ化」とは

巨人で228盗塁をマークし、数々の「神走塁」を演じた鈴木尚広氏(39)と北京五輪女子ソフトボール日本代表主将として金メダルを獲得し、「女イチロー」と呼ばれた山田恵里外野手(33)が初対面。異色の対談を行った「後編」は、互いの競技の「点の取り方」、「走塁の意識」、さらに「長く第一線を走り続ける上で譲れないもの」について語り合った。

鈴木尚広氏(左)と山田恵里(右)【写真:岩本健吾】

異色の対談、長年第一線を駆け抜ける要因となった「勝つための準備」

 巨人で228盗塁をマークし、数々の「神走塁」を演じた鈴木尚広氏(39)と北京五輪女子ソフトボール日本代表主将として金メダルを獲得し、「女イチロー」と呼ばれた山田恵里外野手(33)が初対面。異色の対談を行った「後編」は、互いの競技の「点の取り方」、「走塁の意識」、さらに「長く第一線を走り続ける上で譲れないもの」について語り合った。

「代走のスペシャリスト」として巨人一筋で活躍し、昨季限りで引退した鈴木氏。一発勝負にかけて準備にこだわる姿勢は真のプロフェッショナルとして称賛されてきたが、山田も女子ソフトボール界の天才打者として国内リーグのタイトルを総なめにし、米国のプロリーグに参戦するなど、ソフト界の野手第一人者として確固たる地位を築き上げた。ともに長く第一線を駆け抜ける要因となったのは「準備力」にあったという。

 走るため、打つため……。鈴木氏、山田が長年に渡って取り組んできた「勝つための準備」とは――。

――野球とソフトボール。ルールのベースは重なる部分もあるが、どんな部分に違いがあるのか。

鈴木「(ソフトボールは)野球と比べて、投手と打者の距離が近い。飛ばないし、大きいのを打てないし。野球はソフトボールに比べたら広い分、内野安打もあるけど、ソフトボールは内野安打はあまりない。どうやって点を取るのかな。バントもやるんですか?」

山田「バントもしますし、ワンヒットでも(二塁から)帰れます」

鈴木「そういうところは僕が思うイメージのギャップがある。距離が近いだけにすごく難しいんじゃないかと感じます。あんなに浮き上がってくるボールでバントもできるなんて……。ランナー三塁の点の取り方は?」

山田「エンドランとか。最低は外野フライ、あとはヒットを狙っていく。スクイズよりエンドランの方が多いかもしれないです」

鈴木「エンドランは野球ではないこと。空振りしたらいけないし。バントよりも打った方が確率があるということかな。でも、僕がテレビ番組の企画で対戦したアボット投手(米国代表)は20奪三振くらいする。僕はどうやってアボット投手のような相手を崩していくのかと対戦した時に思った。チーム単位で方向性を決めたりする?」

山田「あまり打たれないので、簡単にストレートで取りに来る。追い込まれると厳しいので、早い段階から打ちにいきますね」

鈴木「野球は追い込まれたら絶対的に確率は下がる。そういう意味では僕は野球をずっとやってきたので、非常に興味深い。攻撃面とかすごい新鮮。野球とソフトボールは似ているようだけど、違う部分が多い。打ち方はかなり違うし」

打つ、走るため見抜く相手の癖、鈴木氏「癖を見ることは勝つための一つの方法」

山田「鈴木さんは走塁はどんな意識でされていましたか?」

鈴木「例えば、僕が走者一塁でワンヒットで三塁まで行った場合、確実にどんな状況でもセーフになるという前提で判断している。まずは何事も観察から始まる。レフト、センター、ライト、それぞれ特徴が違う。足が速ければセンター、そうじゃない人がレフト、肩が強い人がライトだったり、守備によってジャンル分けがある。その中で打球が行った時に自分の足の速さとボールとの距離、外野の肩を常に把握しておく。

 観察して、常にシミュレーションしておくことで、行けるという判断ができる。『どうかな?』と迷いながらじゃなく、行くという意識の中で『行ける』という判断。止まる意識がありすぎると、行けなくなる。普通、一つしか行けない塁を二つ行くのが僕の特徴だし、それは当然。行く意識の中で『行く』『止まる』ということを常に心がけていた。止まる意識の中で行っても判断が遅くなる。

 あとは“もう一つの目”を持って観察するようにする。二遊間や外野の位置、打者のタイプ、捕手の構えた位置で打球の方向性も予想できる。走塁は一瞬の判断が難しいから百発百中は難しい。でも、野球もソフトボールも確率の勝負。いかに確率を上げるかは事前にシミュレーションしておく前提が必要。そうすることで、こういう打球でどう判断するということができるようになってくるし、勝手に頭で反応してくれる。やり続けることで見えてくるものがある」

山田「投手の癖もあると思うんですが、それはどうですか?」

鈴木「僕は癖をあまり見たことがない。でも、癖を見抜く能力もすごく大事なこと。見抜ける力があるんだったら、見た方がいい。ソフトボールも癖ってあるのかな?」

山田「あります。ただ、盗塁のためではなく、バッティングで打席に入って(球種を)見る」

鈴木「それはすごく大事。プロ野球も(打席では)癖ばっかり見る。癖を見ないと打てないケースもある。どんな握り方で、どんなグラブの位置という癖があるか、観察することによって見え方も変わってくる。そういう意識が働いていると、見えなくても癖が見えるようになってくる。『なくて七癖』というけど、無意識に出る癖って絶対あるし、動揺した時に出る癖もある。そういうところを利用していくと、確率を上げるために必要なアイテムになる。

 僕は癖がわからなかったから観察するしかなかった。でも、癖があって走れたらいいけど、僕は投手も選べないし、試合に出るのも重要な場面ばかり。走れませんじゃ仕事にならない。まずは相手を傾向も含め、調べ上げる。でも、上にいけばいくほど、レベルが高いから癖を見ることができた方がいい。ソフトボールはロースコアが多いイメージがあるし、癖をチーム単位で見抜くことは武器の一つ。癖を見ることは悪いことでもなんでもない。癖が出ているんだから、勝つための一つの方法になると思う」

競技をする上で譲れないもの…山田「試合では裏付けがないと結果が出ない」

――2人はどの段階から準備して相手を観察しているのか。

鈴木「ひたすら見ている。今は予告先発が出るので、事前に映像で見て、実際に見て、塁上で見て、見る角度が変われば全然違うものがある。最終的に塁上で見たものが一番大事になる。あとは何回も対戦するので直してくることもある。前と違うかなという差をいつも見る」

山田「ソフトボールは投手の数がチームに4人くらいしかいないので、ある程度、誰が投げてくるかは決まっている。事前に投手の映像を見て試合に臨むという形です」

――両者とも、それぞれの世界の第一線で長く活躍。競技をする上で譲れないものは。

鈴木「いかに失敗をプラスに変える人間になれるかということ。野球もソフトボールも失敗があるスポーツ。同じことを繰り返さないためには失敗そのものを生かさないと。同じケースが出てきた時に前回はどうだったか、それを自分が意識するかしないか。それによって経験が生きて、あの時はこうだったから今回はこうしようと。これも成長。失敗を重ねる中で成長していく。若い頃はそうやっていた。晩年は失敗できないし、立場もあって大変だったので(笑)」

山田「試合では裏付けがないと結果が出ない。普段の練習の一球一球の取り組みから高い意識でやらないと、一番大事な場面で結果を出すことができない。準備力ですね。準備することを一番大切にしています」

鈴木「超一流になれる人は準備をずっと淡々とやるんだよね。結局、たどり着くものはシンプルだと思う。毎日、キャッチボールしたり、打撃練習したり、シンプルなものをいかに続けられるかがすごく大事。それを積み重ねてうまくなる。いかに淡々と継続できるか。イチローさんもそう。どんな人でも、ずっと積み重ねていくというのが大事なこと」

山田「怪我をしないための準備はどうされていましたか?」

鈴木「若い時はすごく怪我をしていた。怪我をしたということは何か足りないものがある。それをすべてクリアしていった。だから、30代になってからは怪我してない。急に走れと言われても走れる体にした。自分の意識で。野生動物って追われている時に肉離れしない。目指すところはそこだった。143試合あると、アップをしていても蓄積疲労は出てくる。そうなると、いかに自分の体を省エネ化して、いざという時に取っておいたエネルギーを向けられるかと。若い頃に目いっぱいにやって、何もしていない状態でも、動いてって言われたら動ける体を作った」

山田「柔軟性を意識してきたんですか?」

鈴木「柔軟性がいいからではなくて、使える筋肉をいかに自分で扱えるかが大事。筋肉は何百個もあって、自分は何%も使ってなかった。そのパーセンテージを上げてあげること。怪我をした部分だけを強くしてもダメ。使える筋肉が多ければ多いほどいい。そういった筋肉を意識してトレーニングしてやってきた。だから力がいらない。怪我もしない」

山田「すごく勉強になります」

鈴木「山田さんには、あと10年くらいやってもらいたい。そうしたら『山田選手みたいになりたい』という子がたくさん出てきて、みんなの憧れの存在になれる。そういう道をこれから作っていける方だと思うので、ソフトボール界をリードしてもらって、魅力を伝えていってほしい。自分でソフトボール界をリードしていると思った方がいい。ちゃんと話せる方だし、もっともっと発信してほしい。『プロ野球選手でもソフトボールで空振りするんですよ』って(笑)」

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