永瀬正敏の最新主演作「光」27日全国公開

 俳優の永瀬正敏(50)が視力を失いつつある写真家・中森雅哉に扮(ふん)した最新主演作「光」が27日から全国公開される。作品はフランスで28日まで開催中の「カンヌ国際映画祭」のコンペティション部門に出品されている。

 永瀬が、河瀬直美監督(47)の作品に出演するのは「あん」(2015年)以来2度目。どら焼き屋の店主・千太郎を演じた「あん」は、カンヌ映画祭の「ある視点部門」で上映され、永瀬はハンセン病患者を演じた樹木希林、河瀬らとレッドカーペットを歩いた。

 新作「光」は、河瀬が「あん」をたくさんの人に見てほしいと、視覚障害者向けの音声ガイドを製作したことが構想のきっかけだ。

 時を獲物にするハンターのようなカメラマンだった雅哉と、映画の情景を伝える音声ガイドを製作する尾崎美佐子(水崎綾女)は仕事をきっかけに出会う。

 「きれい、かっこ良くではなく全てを引っぺがして、心をのぞき、そこをフィルムに焼き付けていく」強い意志を持つ雅哉。だが、光を失っていく日々の中で、精神が乱れていく。

 一方、父の不在に傷ついていた美佐子。雅哉の無愛想な態度にいら立ちながらも、その写真の力に引き込まれる。大切なものを失っても「美佐子の元に行くから、そこで待っていてほしい」と訴える雅哉。孤独を理解され、安堵(あんど)した瞬間、あふれた美佐子の涙。人は、誰かにとって光の存在になることができる。

 河瀬は役者が現場に入った瞬間に本番を始め、雑談の最中もカメラを回す。どら焼き屋の店主として生きた「あん」は、新しい和菓子店ができたと勘違いした近隣住民らが行列を作ったほど、自然に土地に溶け込んだ。

 永瀬は「役になるのではなく、体に役の血を流す。見えない人が持つ苦しみ、悲しみを嘘(うそ)なく表現したい」と撮影前、5人の視覚障害者の話に耳を傾けた。扉や物が置いてある場所など完璧に把握しているのに、仕事部屋の止まった時計に胸が締め付けられた。

 弱視状態を体験できるゴーグルを付け街に出たときは歩道の段差、傾斜、車のためのスロープ。街が障害物だらけだと気付いた。音楽の案内がない横断歩道では立ち尽くし、来た道を引き返したりもした。

 特殊な日々につかり、迎えた撮影最後の日。河瀬との作品以前は、「さぁ、次に行くぞ」と頭が切り替わったが、役が体に張り付いたまま。今でも「あん」を見ると千太郎に、「光」では雅哉になり、客観視ができないという。

 「光」の試写が行われた3月末。エンドロールを見つめたとき、自分の遺作を見ているような気持ちになった。涙が止まらず、立ち上がれなかった。

 「視力を失った場面では絶望感しかなくて、監督が歩み寄るまで自分を取り戻せなかった。でも雅哉には未来がある。だから大切なものを捨てる決意をしたんだと、気付くことができた。見た人の心の中で雅哉を生かして、美佐子との物語を紡いでもらいたい」 110分。ラスト5分で散らばっていた点が線でつながっていく。空白が面になり、波のように押し寄せる。それは国内外で100本以上の映画に出演してきた永瀬がのみ込まれ、同じ場所に戻ることができないのでは、と危機を感じるほどの強い衝撃だった。

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