【MLB】「まだ野球をやってええんや」―期限を定めたメジャー挑戦、中後悠平の今

テネシー州ジャクソン。カントリーの聖地ナッシュビルから南西に車で2時間ほど走った場所に位置する人口7万人ほどの小さな街は、7月ともなれば日本の夏を思わせる蒸し暑さにすっぽりと包み込まれる。アジア系住民はほぼ見当たらない南部の街で奮闘するのが、ダイヤモンドバックス傘下2Aジャクソン所属の中後悠平投手だ。

ダイヤモンドバックス傘下2Aで奮闘する中後悠平【写真:編集部】

ロッテ戦力外から渡米、2Aで奮闘中の左腕が抱く投手、そして父としての思い

 テネシー州ジャクソン。カントリーの聖地ナッシュビルから南西に車で2時間ほど走った場所に位置する人口7万人ほどの小さな街は、7月ともなれば日本の夏を思わせる蒸し暑さにすっぽりと包み込まれる。アジア系住民はほぼ見当たらない南部の街で奮闘するのが、ダイヤモンドバックス傘下2Aジャクソン所属の中後悠平投手だ。

「去年は飛び級で2Aでは投げなかったんで、今年、実質1年で5階級制覇しました。ラッキーでした(笑)」

 強い日差しを受けながら豪快に笑う姿から、一度は投手として“クビ”を宣告された悲壮感は、まったく漂わない。

 2015年11月。中後は4年を過ごしたロッテから戦力外通告を受けた。近畿大時代に変則左腕として大学日本代表入りし、2011年ドラフト2位指名でプロ入り。1年目こそ1軍で27試合に投げ、2勝5ホールドをマークしたが、2年目以降は制球が安定せず。結婚した26歳の晩秋、クビになった。第1子が生まれる直前だった。

 が、捨てる神あれば拾う神あり。BCリーグ武蔵入りが決まると、その過程を追ったテレビ番組をきっかけに、メジャー球団がマイナー契約に興味を示した。2016年3月1日、ダイヤモンドバックスとマイナー契約を結び、妻と息子を置いて単身渡米。開幕を迎えたルーキーリーグから1A、1A+、3Aと、わずか2か月の間にスピード出世したことは記憶に新しいだろう。

 昨季はメジャー昇格には至らなかったものの、合計30試合(29回1/3)に投げて防御率1.23、3Aでは13試合(10回2/3)で失点ゼロとした実績が認められ、今季はマイナー契約ながら招待選手としてメジャーキャンプに参加することができた。

「すごくレベルの高い中で、間違いなく、すごくいい経験をさせてもらった。キャンプでマイナーに降格する時も、メジャーの監督に『今年は絶対に上がれるチャンスがあると思うし、待っているよ』って言ってもらえたんですよ。そんなことは去年は絶対にあり得なかった。去年があったからこそ言ってもらえたと思うし、そこまでの位置には来ているんやなって、改めて自覚を持ちました」

今季初めて経験する2Aは、若手有望株のひしめく場所だ【写真:球団提供】

5試合で10失点…今季経験したつまずき「これを乗り越えないと意味がないんです」

 今季初めて経験する2Aは、若手有望株のひしめく場所。「投げごたえのある場所だし、凄いスラッガーもいる。ハツラツとして真っ直ぐな勝負ができる」と感じている。6月を終えて27試合(40回1/3)に登板して防御率2.83。まずまずの数字を残しているが、4月下旬から5月上旬にかけて、ちょっとしたつまずきを経験した。5試合に登板して10失点。武器となるべきスライダーが曲がらず、課題の四球も増えた。「あの時は何を放っても打たれましたね」と振り返る。

「5月の頭に一気に崩れた時に、去年のことをもう一回思い返したんです。ホンマ野球を辞めるしかないって状況からアメリカまで来れたんで、小さなことでメソメソしてもしゃあない、目の前の試合を楽しんで一生懸命抑えようってやっていた。それが今年はメジャーキャンプも経験させてもらって、具体的な目標が見えてきて、ちょっと先のことを考えるようになっていたんですね。いいところ見せないと、結果を出さないとって。

 正直、去年が順調だったんで、今年も『抑えて当たり前やろ』って気持ちもあった。だから、打たれた後をどうするかっていう部分を考え切れていなかったから、課題の四球も多く出してしまったし、立て続けにガタッと来てしまった。でも、これを乗り越えないと意味がないんです。

 去年は遙か上の存在だったメジャーが、今年は近く感じるようになった。キャンプ中にバックアップ要員として、チェースフィールドに行ったんですよ。ホントに大きな球場でロッカールームもすごかった。感動しました。今年のダイヤモンドバックスはいい位置にいるんで、昇格は難しい状況にあると思うんですけど、1試合1試合抑えるのが僕の仕事。それでロースター枠が広がる9月にでもメジャーに呼んでもらえたら最高ですね」

中後にかかる連続記録「プレッシャー掛けるのやめてくれます?(笑)」

 実は、心に決めていることがある。メジャーへの挑戦は来季限り。来季中にメジャー昇格が果たせなかったら、家族の住む日本へ戻るつもりだ。時差の関係でほとんど電話はできないが、2歳になる息子の写真を毎日愛妻が送ってくれる。去年オフに帰国した時は、父親と認識されずに大泣きされてしまった。「また泣かれるかな」と話す顔は、1人の家庭人のものだ。

「やっぱり家族があるんでね。息子も来年で3歳になるから、保育園にもいれなあかん。僕はこっちで野球しかやってなくて、日本のことは(妻に)任せっきりなんですよ(笑)」

 照れくさそうに笑いながら、心の中は大好きな野球を続けるためにアメリカに送り出してくれた妻、そして家族への感謝で溢れている。

 今年、中後がメジャー昇格すれば、24年連続で日本生まれの選手がメジャーデビューを果たすことになる。「僕一回クビになってますから、そんなヤツに連続記録とかプレッシャー掛けるのやめてくれます?(笑)」と笑い飛ばすが、今、そんな立場にいられる現実が幸せに感じるという。

「ホンマ野球ができない、野球をやめるしかないっていうところから、23年連続記録をつなげと言われる立場まで来れた。不思議というか、やっぱりなんか縁みたいなものがあるんかな。まだ野球をやってええんやなって思いました」

 期限付きのメジャー挑戦。野球の神様がつないでくれた縁に感謝しつつ、野球人としての責任、家庭人としての責任を果たすためにも、全力投球でチャンス到来を待ち続ける。(佐藤直子 / Naoko Sato)

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