「村上春樹を読む」(70)免色渉・「名付け」について(下) 『騎士団長殺し』を読む・その5

免色渉の名詞が印刷された『騎士団長殺し』のページ

 前回の「村上春樹を読む」の最後に書いたように、今回は『騎士団長殺し』(2017年)の中に登場する人物で、最も魅力的な「免色渉」という人物の名前について、考えてみたいと思います。

 1つ前の大長編『1Q84』(2009年―2010年)では「青豆」という変わった名前の女殺し屋が登場。その名前について、いろいろな考察・推測がありました。『ねじまき鳥クロニクル』(1994年―1995年)に登場し、『1Q84』にも出てきた「牛河」という男も印象的な名前ですね。これらの人への名づけについては、この「村上春樹を読む」の中でも何回か言及しておりますので、興味があったら読んでください。

 『騎士団長殺し』を読了すると、「免色渉」という名前は「青豆」や「牛河」以上に、印象的に頭に残ります。この名前は、どんなところから生まれてきたのか。そのことを考えてみたいのです。

 村上春樹は自作の解説というものをほとんどしない稀有な作家で、作品は読者たちが自由に読み、自由に考え、自由に感じてくださいというスタイルを保持しています。

 ですから、各人物への名づけについて、村上春樹が「こういう理由で、こう命名しました」と話すわけではありませんので、これから記すことも、わたし(小山)の考えにすぎません。でも、名前の意味について、考えざるを得ないように『騎士団長殺し』の「免色渉」は書かれていると思うのです。

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 この『騎士団長殺し』という作品は、1千ページを超える大作ですが、その中でたった1カ所だけ、「免色渉 Wataru Menshiki」という名刺の像が印刷されています。

 「免色渉」は主人公の「私」に、その名刺を渡して「川を渉るのわたるです」と話しています。その前にも2人は会っているのですが、その時には「メンシキです。よろしく」「免税店の免に、色合いの色と書きます」と「免色渉」が言っています。さらに「色を免れる」「あまりない名前です」と「免色渉」は説明しています。

 この「色を免れる」「免色」という説明は、多くの読者に『騎士団長殺し』の前の長編『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』(2013年)のことを思い浮かべさせました。「色を免れる」つまり「色彩を持たない」のですから、『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』と関係した名かなと思ったわけで、わたし(小山)もそのように考えた1人です。

 さらに、「免色渉」の名刺を渡して「どうしてそんな名前をつけられたのか理由はわかりません。これまで水とはあまり関係のない人生を歩んできましたから」と「渉」の名について述べているのですが、この「これまで水とはあまり関係のない人生を歩んできましたから」という言葉の中に、「水」と「歩」と合わせた文字「渉」が潜んでいます。

 「免色渉」のそんな何げない言葉の中にも「渉」という自分の名前に対する言及が含まれているのですから「どうしてそんな名前をつけられたのか理由はわかりません」という免色渉の言葉は「どうしてそんな名前をつけられたのか」「その理由を考えてください」という意味だと思うのです。

 だから、今回、「免色渉」という名前について考えてみるのも、無意味なこととは言えないのです。これから、わたし(小山)の「免色渉」についての考えを記してみたいと思いますが、でも村上春樹という作家は、決して1つの意味、1つの考えだけで、書いていく人ではありません。以下に記すことは、わたし(小山)の考えにすぎません。より多角的な考えを、この「村上春樹を読む」の読者の人たちも提示してもらいたいと思います。

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 わたし(小山)の考えを記す前に、「免色渉」という名前との関係で、気になることが記されている本がありますので、そのことに触れておきたいと思います。

 村上春樹が『みみずくは黄昏に飛びたつ 川上未映子訊く/村上春樹語る』(2017年)の中で『騎士団長殺し』とスコット・フィッツジェラルドの『グレート・ギャツビー』との関係について、次のように語っています。少し長いですが、両作の関係を村上春樹自身が述べているので、引用してみましょう。

 「言うまでもなく、谷間を隔てて向こう側を眺めるというのは、『ギャツビー』の道具立てをほとんどそのまま借用してるし、それから免色さんの造形も、ジェイ・ギャツビーのキャラクターがある程度入っています。裕福な謎の隣人ギャツビーは、入り江を隔てた向こうの緑の明かりを毎晩眺めます。誰でも知っている有名なシーンですね。そして免色さんも同じように毎晩、谷を隔てた家の明かりを眺めます。一人孤独に。これはいわば本歌取りというか、フィッツジェラルドに対する個人的なトリビュートのようなものですね。ですから「私」という一人称の語り手がある程度、『グレート・ギャツビー』の語り手であるニック・キャラウェイのようなポジションになるであろうことは、当然意識していました」

 ここで、村上春樹が『騎士団長殺し』は『グレート・ギャツビー』の本歌取り、「免色渉」はジェイ・ギャツビーと重なる部分があるし、一人称の語り手「私」はニック・キャラウェイと重なる部分があると述べているわけです。

 ただし、最初から、そう考えて書き始めたわけではなく、「実際に話を書き始めて、谷間を隔てた向こう側に住むそういう人物を設定した時点で、『あ、これはギャツビーだよな』と思いました。最初からそうしようと考えていたわけじゃないんだけれど」とも加えています。

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 これほど、作品の成り立ちについて、はっきり述べる村上春樹というのは、珍しいかと思いますが、でもつまり「免色渉」は、どこかで「ギャツビー」であることの視点は大切です。村上春樹自身が、そう述べているわけですから。

 今回は、その「免色渉」の名づけについて、考えてみようと思うのですが、これに関係して、少し驚いたことがあるので、そのことを紹介しておきたいのです。

 『村上春樹 翻訳(ほとんど)全仕事』刊行記念と題されたトークイベント「本当の翻訳の話をしよう」が今年4月27日夜、東京の紀伊國屋サザンシアターで開かれ、村上春樹が翻訳について話しました。柴田元幸さんとの翻訳を巡るトークもあり、川上未映子さんもゲスト出演していました。

 そのイベントの中に、村上春樹が翻訳した『グレート・ギャツビー』の一部分をプロジェクターで映しながら、話したところがありました。

 それは『グレート・ギャツビー』第1章の冒頭部なのですが、その中に「そんなこんなで大学時代には、食えないやつだといういわれのない非難を浴びることになった。それというのも僕は、取り乱した(そしてろくに面識のない)人々から、切実な内緒話を再三にわたって打ち明けられたからだ」という文章も含まれていました。

 その後に、「僕」であるキャラウェイが、ギャツビーについて、記していく始まりの部分なのですが、村上春樹は、その文章を会場に映写しながら、翻訳について話していきました。そして、この「(そしてろくに面識のない)人々」の「面識」という言葉が気になってしかたがありませんでした。

 「免色渉」はギャツビーと重なる部分のある人です。「免色」は、村上春樹が訳した『グレート・ギャツビー』という本の冒頭近くに訳出された「面識」という言葉と関係があるのだろうか…と思えたのです。

 免色渉の「免色」は免色本人が言うように「色を免れる」ですから『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』の「多崎つくる」と重なる部分を持った名前でしょう。でも、もう1つ別な角度から考えると、村上春樹訳『グレート・ギャツビー』の「面識」という言葉と関連する部分も持った人物なのではないかと思えたのです。

 このように、村上春樹は、一筋縄ではいかない作家なのです。

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 さて「免色渉」の命名について、わたし(小山)の考えを記してみたいと思います。

 村上春樹は文字学(漢字学)の字源や日本語の語源に興味を抱いている人だと思いますが、そんな視点から「免色渉」の名前、文字についてもいろいろ考えてみたいと思います。

 まず「免色渉」が自分の名前について「免税店の免に、色合いの色と書きます」と言い、さらに「色を免れる」と説明していること。さらに名刺を渡して「川を渉るのわたるです」と言っている点です。

 やはりこれは「色を免れる」と「免色渉」自身が述べているわけですから「色彩を持たない多崎つくる」と関係のある名づけなのでしょう。「めんしき」と「たざき」の「しき」と「ざき」も似ていますし、「わたる」と「つくる」にも響き合うものがあります。

 「多崎つくる」は、駅舎という人々が実際的に利用するものをつくる人でした。そこにも東日本大震災(2011年3月11日)後の世界を生きる人々への思い、この日本社会ばかりでなく、今の世界をもう一度つくり直そうとする意識が働いていたと思います。今回の「免色渉」の「わたる」にも、そのような思いが含まれているのかもしれません。そのことも考えてみたいと思います。

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 まず「免色渉」の変わった名字の「免色」の「免」と「色」という字について、漢字学の観点から考えてみましょう。

 「免色」の「免」という字には、文字学(漢字学)のうえでは2つの系列があります。1つは「冑(かぶと)を免(ぬ)ぐ」の意味を含む系統の文字です。「免冑(めんちゅう)」は「冑をぬぐ」ことですし、「免冠(めんかん)」は冠をぬぐこと、「免官」「免職」のことです。「まぬがれる」意味の「免」はこちらの系統です。「冑を免ぐ」のですから「騎士団長」にも関係のある文字かもしれません。

 もう1つの系列は子供を出産する意味の「免」です。白川静さんの字書『常用字解』には「分娩するときの形。胯間(こかん)を開いて子が生まれる形で、『うむ』の意味となる。免が娩(うむ)のもとの字である」とあります。ですから「分娩」の「娩」も、この系統ですし、「勉強」の「勉」などもそうです。「勉」の右側の「力」は農具の耒(すき)の形で、「勉」は学校の勉学につとめることをいうのではなく、農業につとめることを表す文字です。左の「免」は「分娩のときの姿勢を示す」字形ですが、「農耕の作業にも、俛(ふ)す姿勢の多い」ことを白川静さんは字書『字通』に書いています。

 この『騎士団長殺し』の中では2人の女性の分娩・出産が描かれ、そのことが重要な意味を持っています。まず「免色渉」の恋人である女性が29歳の誕生日の1週間後に「免色渉」の仕事場にやってきて、彼と交わりました。その2か月後に彼女は別な男と結婚式を挙げ、結婚式から7か月後に、女の子を出産しています。「免色渉」とのセックスで身籠もり、分娩・出産した子が「まりえ」だと思われます。

 「私」の妻も「私」以外の男とセックスをして、子供を妊娠して、物語の最終盤には女の子を分娩・出産しています。その女の子には「室(むろ)」と名づけられていますが、この2つの分娩・出産に「免」の文字が関係しているのかもしれません。

 そして「免色」の「色」は、男女のセックスを意味する文字です。白川静さんの『常用字解』には「人の後ろからまた人が乗る形で相交わることをいう」と説明されています。

 『騎士団長殺し』の「私」は、絵画教室に来る人妻と繰り返し、性的に交わっています。この人妻との情事の場面は、この小説が放蕩者ドン・ジョバンニ(スペイン語ではドン・ファン)に関係していることからなのでしょう。「免色渉」も自分の娘と思われる「秋川まりえ」の叔母「秋川笙子」と性的な関係にあるようです。

 さらに「私」が妻のもとを去って、自動車で東北を移動中、岩手県との県境近くの宮城県の海岸沿いの小さな町で出会った若い女の子とラブホテルに入って、激しいセックスをしています。

 「免」と「色」の文字には、説明したように子供を産む分娩の意味と、セックスの意味があるのですが、『騎士団長殺し』には分娩・出産のことが、セックスのことが重要なこととして描かれていますので、「免色」の文字はそれらを反映した名づけではないだろうかと、わたし(小山)は妄想しております。

 ともかく『騎士団長殺し』で、中心的に出てくる「免色渉」と語り手の「私」は、村上春樹の言葉によれば『グレート・ギャツビー』の「ジェイ・ギャツビー」と「ニック・キャラウェイ」に相当する2人ですが、2人とも、自分の娘と少しねじれた関係にあります。「免色渉」は娘と思われる「秋川まりえ」を、別な男(つまり免色渉の元恋人の結婚相手である秋川良信)に育てられていますし、「私」は一時、別居した妻が関係していた男との娘と思われる「室」を自分が育てていくという展開になっています。

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 そして「免色渉」の「渉」のほうですが、これはとても重要な名づけではないかと思います。

 村上春樹は、初期の頃、登場人物に名前がつけられない作家でした。最初にしっかりと名づけられた登場人物は「象の消滅」の象の飼育係「渡辺昇」です。「文学界」1985年8月号に「象の消滅」が掲載された時には、「渡辺進」でしたが、単行本『パン屋再襲撃』(1986年)に「象の消滅」が収録された時には「渡辺昇」となりました。

 この「渡辺昇」は、村上春樹と親しい画家で、2014年3月に亡くなった安西水丸さんの本名です。このことは、この「村上春樹を読む」の中でも何回か紹介していますが、この安西水丸さんの本名である「渡辺昇」という名前を持った人物が、「象の消滅」以降頻出しているのです。

 例えば『パン屋再襲撃』に収録された「ファミリー・アフェア」(初出は「LEE」1985年11.12月号)にも「僕」の妹の婚約者として「渡辺昇」という人物が出てきますし、同じ『パン屋再襲撃』に収録された「ねじまき鳥と火曜日の女たち」(初出は「新潮」1986年1月号)にも女房の兄と同じ名前がつけられた「ワタナベ・ノボル」という猫が出てきます。

 さらに『ノルウェイの森』(1987年)では、「僕」の名前が「ワタナベ・トオル」となっていましたし、『ねじまき鳥クロニクル』(1994年―1995年)では、「僕」が対決する妻の兄の名前が「綿谷ノボル」となりました。これらはいずれも「渡辺昇」の変形です。

 「渡辺昇」から「ワタナベ・トオル」への変化は自然に了解できますが、「ねじまき鳥と火曜日の女たち」の女房の兄の名前が「ワタナベ・ノボル」でしたのに、『ねじまき鳥クロニクル』では「綿谷ノボル」となるのは、意識的なものが加えられた変化だと思います。

 『ねじまき鳥クロニクル』では「僕」の妻の兄は日本を戦争に導いた精神を体現するように存在していて、最後に「僕」は、その妻の兄「綿谷ノボル」を野球のバットで殴り倒してしまいます。おそらく、友人である安西水丸さんの本名「ワタナベ・ノボル」(渡辺昇)のままの名前を持った人物をバットで殴り殺すのは、よくないと村上春樹が思ったのでしょう。それで長編の『ねじまき鳥クロニクル』のほうの妻の兄の名前は「綿谷ノボル」となったのだと思います。

 それにしても…いくらなんでも、妻の兄をバットで殴り倒さなくても…、という思いを抱く読者もいると思いますが、この場面は「僕」の心の闇の中の闘いとして作中、描かれているのです。村上春樹の闇の中の闘いは、自分の心の中の闘いです。

 つまり、それは「僕」の心のうちにある〈「綿谷ノボル」的なるもの〉〈戦争に導かれていってしまうような自分の中の「悪」の部分を徹底的に叩きつぶす〉という意味なのでしょう。

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 そして「免色渉」の「渉」(わたる)なのですが、この「渉」(わたる)も「渡辺昇」の「わたなべ」の「わた」と関係した名づけではないかと、わたし(小山)は思っています。

 「わたなべ」の「わた」は日本語では「海」のことです。「わたのはら」は広々とした海のことですし、「わたつみ」は海神のことです。「わたる」とは「海」を渡ることです。

 村上春樹という作家は、この「海」の力というものを一貫して書いてきました。

 デビュー作『風の歌を聴け』(1979年)の第4章では、友人の「鼠」と初めて出会ったことを記しているのですが、そこで「僕」と「鼠」は自動販売機で缶ビールを半ダースばかり買って、海まで歩き、砂浜に寝ころんで、それを全部飲んでしまいます。

 2人は缶ビールを全部飲んでしまうと「海を眺めた。素晴しく良い天気だった」とあって、それに続いて「俺のことは鼠って呼んでくれ」と鼠が言うのです。そして「僕たちはビールの空缶を全部海に向って放り投げてしまうと、堤防にもたれ頭の上からダッフル・コートをかぶって一時間ばかり眠った。目が覚めた時、一種異様なばかりの生命力が僕の体中にみなぎっていた。不思議な気分だった」と書かれています。

 「100キロだって走れる」と僕が鼠に言うと、「俺もさ」と鼠も応じるのです。これは「海」の力、再生の力を書いている場面だと、わたし(小山)は考えています。「海」は<生命力をみなぎらせる不思議な力>に満ちているのです。

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 その「鼠」が死ぬ、初期3部作の『羊をめぐる冒険』(1982年)の最後には、こんなことが書かれています。

 「僕は川に沿って河口まで歩き、最後に残された五十メートルの砂浜に腰を下ろし、二時間泣いた。そんなに泣いたのは生まれてはじめてだった。二時間泣いてからやっと立ち上ることができた。どこに行けばいいのかはわからなかったけれど、とにかく僕は立ち上がり、ズボンについた細かい砂を払った。

 日はすっかり暮れていて、歩き始めると背中に小さな波の音が聞こえた。」

 そんな文章で『羊をめぐる冒険』は終わっています。

 かつて、広く豊かだった海の海岸線は、わずか「五十メートル」だけ残されて、埋め立てられてしまったのです。それゆえに「僕」は「そんなに泣いたのは生まれてはじめてだった」というほど泣くのですが、でも「五十メートル」だけとなった、その海でも、とにかく「僕」を立ち上がらせる力を持っているのです。そういう海の力、再生の海の力が記されています。

 『海辺のカフカ』(2002年)という、タイトルに「海」を含んだ長編までありますが、その中で、ナカタさんと星野青年が、四国の海の砂浜に並んで座って、海を眺める場面があります。「海というのはいいものですね」とナカタさんと言うと、星野青年が「そうだな。見ていると心が安らかになるよ」と応えています。

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 村上春樹が作中人物に、最初につけた名前「渡辺昇」の「わた」「わたる」は、そんな力を持つ「海」につながっている名前です。安西水丸さんは千葉県千倉という海辺の町に育った人です。千倉は『1Q84』(2009年―2010年)で、「天吾」の父親が入院している海沿いの施設がある場所です。ここにも海の力への愛着、また安西水丸さん、「渡辺昇」への思いが託されていると思うのです。

 その『1Q84』の次の大長編が『騎士団長殺し』ですが、この中の「免色渉」の「渉」(わたる)にも、「渡辺昇」の「わたなべ」「わた」につながる名づけを感じるのです。

 今回の『騎士団長殺し』の「免色渉」は、海を渡る「わた」ではなく、川を渉るの「わたる」という文字です。そして「私」は心の地底の闇を流れる「川」を「わたる」のです。

 そこで「私」が進んでいく世界は「生命のしるしひとつ見えない不毛の土地」ですが、でも「じっと耳を澄ませていると、何か微かな音が聞こえてくるような気」がします。それは「川の音」です。「歩を進めるにつれて、水音は次第に大きく明瞭に聞こえるようになってきた」と書かれています。

 その2ページ後に、免色の名前が「渉(わたる)」であることを思い出し、免色が左利きだったことを思いだして、「私は川を正面にして左の方に進む」のです。そこには「川の流れに沿って歩を進めながら、この水の中には何かが棲息しているのだろうか」と考えています。

 「歩を進めるにつれて、水音は」「歩を進めながら、この水の中には」という表現は「渉」という文字と対応した表現でしょう。そして、「私」は川の渡し場に着いて、川を渉っていくのです。

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 『騎士団長殺し』には、作中ずっと「雨」が降っていますが、この「雨」というものは生物が生存できる基礎的な恵みです。その「雨」は地中にしみこみ、潜り、地底の川を流れていくのです。

 「海」は生命の力、魚など食物に満ちた再生場所ですが、今回、その「海」を渡るのではなく、「川」を渉るのは、混迷する世界の再生のために、「海」よりも前の、まだ「この水の中には何かが棲息している」のか、どうかはわからないような「川」を渉るところから、すべてを根本的に考えてみたいという村上春樹の強い意志のようなものを感じさせます。

 「川」を渉った「私」は「川を離れ道に沿って進む」のですが、それは顔のない渡し守が「おまえが行動すれば、関連性がそれに合わせて生まれていく」と言ったからです。

 「生命のしるしひとつ見えない不毛の土地」から「川」を渉ると、「私」の行動でその世界に関連性が生まれていくのです。「川」はいつか「海」につながるものですが、その新しい関連性を生んでいく「私」の歩みのスタートに「川」を渉ることがまるで神話的な儀式のようにあると思います。

 ここに、村上春樹の世界の再生、復活への強い意志を感じるのです。そのことに重要な役割を果たす「免色渉」という名づけだと思います。

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 最後に、1つだけ、村上春樹作品での「名づけ」との関連で記しておきたいことがあります。「免色渉」が左利きであり、その「免色渉」が左利きであることを思い出して「私は川を正面にして左の方に進む」と「川」の渡し場に出ることができるのですが、この「免色渉」が左利きなのは、もしかしたら『グレート・ギャツビー』の映画『華麗なるギャツビー』で、ギャツビー役を演じたロバート・レッドフォードが左利きだったからではないかということを、前々回の「村上春樹を読む」で書きました。

 「もしそうだとしたら、地底を行く『私』の方向を導いているのも『グレート・ギャツビー』だということになる」と書いたのですが、「免色さんの造形も、ジェイ・ギャツビーのキャラクター」が入っていることを、村上春樹が明言していることなど、『騎士団長殺し』で今回示されたスコット・フィッツジェラルド『グレート・ギャツビー』への深い村上春樹の思いを考えてみると、村上春樹のデビュー作『風の歌を聴け』で、登場人物たちが集まる「ジェイズ・バー」という名づけも、やはり「ジェイ・ギャツビー」との関係をもう一度考えてみないといけないのではないかと思いました。(共同通信編集委員 小山鉄郎)

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