壁はない、共に前へ 厚木を拠点に活動する障害者と健常者バンド、動画で世界発信

 厚木市を拠点に活動するロックバンドがある。障害者と健常者計20人の「サルサガムテープ」だ。相模原市緑区の障害者施設「津久井やまゆり園」で入所者19人の命が奪われて1年。「壁はない、一緒に前を向いて生きよう」。訴え続けてきた生きる喜びを今だからこそ伝えたいと、音楽動画を完成させた。全国から集まった約380人の笑顔とともに、世界へ思いを届ける。

 カラフルな装いに身を包み、歌いながら街を歩くメンバーと、スーツ姿の男性がすれ違う。男性がふと見つけたのは、バケツにガムテープを貼った「ガムテープ太鼓」。たたくと突然、メンバーが夢中で演奏するステージが画面いっぱいに広がった。

 Tシャツと帽子に付けた電飾を光らせ、米田光晴さん(68)がガムテープ太鼓でリズムを刻む。車いすに乗るボーカルのYouGoさん(24)らが全員でフレーズを繰り返す。

 〈しあわせになるため生まれてきたんだ 生きていることが大好きなのさ〉 エネルギーあふれる姿に、いつしか男性も肩を組み、一緒に歌っている−。

 曲名は「ワンダフル世界」。バンドリーダーのかしわ哲さん(67)が作詞・作曲を手掛けた。先月から配信し、再生数は8千回を超える。

 バンドは1994年、秦野市の福祉施設で生まれた。NHKの番組で「うたのおにいさん」として知られたかしわさんが、コンサートで訪れたことがきっかけだ。10代から60代の障害者13人と健常者7人が、バンド名の由来のガムテープ太鼓や、南米の打楽器スルドなどを奏でる。「障害の有無に関係なく、みんな当たり前に楽しく生きている」。結成から23年。ロックを通して訴え続け、国内最大規模の野外音楽イベント「フジロックフェスティバル」やフランスなどでも演奏し、今では年間30公演を数える。

 事件では元施設職員の男が19人の命を奪った。「障害者は不幸をつくることしかできない」との主張が、かしわさんには「谷底に落とされたような絶望」だった。暴力や暴言ばかりが拡散されていく危機感。「今だからこそ、暴力をはね返すポジティブなエネルギーを出していこう」。そう決意した。

 今年4月、バンドやダンスチームなど全国の15団体が集まったイベントで呼び掛け、約380人の笑顔が寄せられた。障害者や家族、支援者らの顔と名前を動画に盛り込み、生きている証しを表現した。

 YouGoさんは18歳の時、1週間で作業所を辞めた。「これは何の部品ですかと聞いても、『分からない』と言われた。分からないものをただ組み立てる毎日なんて違うでしょって」。やりたいことを見つけ、打ち込める今は「最高に楽しい。このバンドに出会えて本当に良かった」。

 米田さんは16歳から約35年、入所施設で過ごした。「俺は施設の利用者にしかなれない。何十年も思ってきたことを、ロックが全部すっ飛ばしてくれる」とはにかむ。還暦を過ぎて出会った音楽に感謝し、「どんな人にも生きる権利がある。この曲は俺たちの本当の姿を表現している」。

 言葉を話せなくても、体が不自由でも、何も関係ない。障害者が演奏しているからと感動して泣いている暇があったら、一緒に楽しく歌ってくれ−。メンバー共通の思いだ。

 「『共生社会』を形にするためにやってるんじゃない。ただ、音楽が好きで楽しいから、一緒にバンドをやっている」と、かしわさん。「誰だって、幸せになるために生まれてきた。当たり前のことを否定された今だからこそ、一人でも多くの人と声高に叫びたい。『生きていることが大好き』と」 動画投稿サイト「ユーチューブ」で公開中。タイトルは「ワンダフル世界〜サルサガムテープと全国の仲間〜」。

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