娘の願い精霊船でかなえたい

 15日は県内各地で精霊流しがある。昨年11月に57歳で亡くなった佐世保市の向順子(むこうなおこ)さんは重度の知的障害を抱えながら乳がんと闘った。もう一度大好きな居場所に戻りたい-。彼女の闘病の支えとなった介護事業所で、仲間や職員が飾り付けた精霊船はお盆の町へ繰り出す。

 セミの鳴き声がにぎやかな10日午後。熊野町の障害者生活介護事業所「のびのび熊野」前に小さな精霊船が運び込まれた。次々に10~60代の利用者が集まってくる。その手には、色とりどりの折り紙を貼り付けたり、ペンで模様を描いたりした張り子があった。「なおさんに派手すぎって言われるかな」。職員と笑いながら楽しげに精霊船を彩った。

 穏やかな楽天家で氷川きよしとハローキティが大好き。そんな順子さんがのびのび熊野と出合ったのは10年前。決められた作業を達成することが苦手で事業所を転々としていたころだった。通所後は年下の仲間に慕われ、一緒に料理を作ったり、実習でカラオケ店に行ったりする日々。弟の史郎さん(55)ら家族に届くアルバムには、見たことがない順子さんの笑顔があふれていた。

      「胸がかゆい」。何げないことから乳がんが発覚し2年前の夏に右胸を全摘出。だが昨年9月に再発し入院生活を余儀なくされた。水がたまり腫れ上がっていく体。病状の深刻さは理解できなくても、体の異変を感じて「どうして私だけ」と落ち込むこともあった。それでも病室を訪ねてくれる仲間の姿を見ると表情は明るくなった。「家族だけだとどうしても暗い気持ちになる。皆さんのおかげで笑顔を見られる時間をもらった」。史郎さんは振り返る。

 順子さんは、のびのび熊野に戻られるような治療を受ける直前に息を引き取った。「生前の願いをかなえて喜ばせたい」。史郎さんらは、のびのび熊野で飾り付けることを求めた。「なおさんがここを好きだったように私たちもなおさんが好きだった。できることをしようと思った」。受け入れたサービス管理責任者の筒井唯子さん(45)は話す。「障害を持つ人と心を通じ合わせるには正直に向き合うことが大切だと教えてくれた。戻りたいと思ってくれたことは誇り」  精霊船は家族で流す予定だが史郎さんにはある思いがある。「障害を持った人は手助けが必要。でもみんな愛らしくて幸せな気持ちをくれる。『みなさんよろしく』という気持ちでこの一風変わった船を引きたい」。作業を見守りながらほほ笑んだ。

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