金正恩氏の「絶望」がアメリカとの対立を激化させる

北朝鮮の金正恩党委員長が、グアム島周辺に向けた弾道ミサイルの発射計画について「米国の行動をもう少し見守る」と表明したことを受けて、ティラーソン米国務長官は15日、記者団に対して「われわれは、北朝鮮との対話に至る道を見つけることに引き続き関心を持っている。しかし、その実現は金正恩委員長しだいだ」と述べ、北朝鮮の行動を注視する考えを示した。

米朝の軍事的対立が緩和され、対話が始まるのならばたいへん結構なことだ。

しかし果たして、金正恩氏は対話を望んでいるのだろうか。

2009年7月、オバマ前政権のクリントン国務長官(当時)は北朝鮮に対し次のような提案を行った。

「完全かつ後戻りできない非核化に同意すれば、米国と関係国は北朝鮮に対してインセンティブ・パッケージを与えるつもりだ。これには(米朝)国交正常化が含まれるだろう」

インセンティブ・パッケージとは、米国が国交正常化、体制保障、経済・エネルギー支援などを、北朝鮮は核開発プログラム、核関連施設はもちろん、ミサイルなどすべての交渉材料をテーブルに載せ、大規模な合意を目指すことを念頭に置いていたものとみられる。

素直に受け止めるなら、北朝鮮にとって悪い提案ではないように思える。

ところが、北朝鮮はこれに乗らなかった。理由はおそらく、人権問題である。米国にはブッシュ政権時代に出来た、北朝鮮人権法という法律がある。日本人拉致問題も含め、北朝鮮の人権状況が改善されない限り、米国から北朝鮮への人道支援以外の援助を禁止すると定めたものだ。

恐怖政治で国民を支配する北朝鮮の体制にとって、人権問題は体制の根幹に触れるものであり、交渉のテーブルに乗せることなどできるはずがない。

人権を重視しているようには思えないトランプ大統領ならば、あるいは、人権問題の面でも金正恩氏の立場に配慮した提案を行う可能性はなくはない。しかし、それもおそらくは一時的な提案にとどまり、国際世論の非難により退けられてしまうはずだ。

国際社会は、すでに様々な形で北朝鮮の人権侵害を確認しており、今さら「知らなかったこと」にはできない。

また、北朝鮮の人権侵害は、正恩氏の時代になって悪化している部分もあり、「人道に対する罪」に問われかねない立場にある同氏は、国際社会に華々しくデビューすることなどかなわなくなっている。そのような「絶望」の底にあって、米国からの生半可な対話の提案など耳に入らないものと思われる。

では、金正恩氏は何を求めて核兵器開発に突っ走っているのか。筆者が思うに、彼は5年や10年ではなく、もっと遠い将来において世界情勢に大きな変化が訪れ、それが自分と国の運命を劇的に変え得るとでも考えているのではないか。

いずれにせよ、国際社会は「金正恩氏も実は対話を望んでいる」という前提にこだわるべきではない。彼が、本当に対話を望んでいない可能性だってあるのだ。

むしろ私たちが耳を傾けるべきなのは、北朝鮮国民の声である。あのような情報鎖国で生きていても、平和と安定した生活を期待する感覚は我々とまったく同じだ。彼らがいま、切実に求めているのは何かを知れば、北朝鮮を変化に導くカギが見つかるかもしれない。

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