現代版・ダムをめぐる考察~ア・ラ・カルト~ 水防法など一括改正で大きな流れ

八ッ場(やんば)ダムの最重要部・堤体の建設工事。2019年度中の完成を目指す(提供:高崎氏)

画期的!<ダム代行制度>

全国にあるダム約3000カ所(堤体の高さ15m以上)のうち、建設から半世紀近く経って再開発が必要なものや洪水・水需要対策から改修・かさ上げなどが求められているものが少なくない、と聞く。だがダム建設ブームはすでに去り、新規建設が大幅に減っていることから、高度な技術を必要とするダム技術者が国や都道府県を問わず減ってきているのが実情のようである。都道府県が建設管理している治水・利水用ダムは少なくないが、都道府県や市町村の中にはダムや河川の専門技術者をかかえていないところが結構多いのである(鬼怒川決壊で市域の大半が水没した常総市も河川技術職がいなかった)。

ここに画期的な制度が導入されることになった。本年(2017年)、政府は水防法とともに河川法、土砂災害防止法、水資源機構法を一括して改正する法案を国会に提出し、法案は5月に可決成立した。(6月施行)。改正法の一大注目点は、都道府県などが管理するダムの再開発といった高度技術が不可欠な大規模工事を国(主に国土交通省)や(独)水資源機構が代行できる制度が創設されたことである。初の<国によるダム代行制度>の確立である。これまでは国や水資源機構が都道府県から要請を受けて行う<受託事業>がまれな例として行われてきた。
自然災害の被災後の復旧工事でも、早期の復旧・復興につなげるよう国や水資源機構などによる工事の代行制度が導入される。

市町村から水防活動を受託する建設企業に緊急通行など一定の権限を与え、発災時に円滑に水防活動ができる仕組みも整えた。ゲリラ豪雨や大型台風などによる被害を踏まえ、「逃げ遅れゼロ」実現に向けて国や都道府県の指定河川を対象に、流域自治体や公共機関など多様な関係者で構成する「大規模氾濫減災協議会」も創設される。協議会設置を国に義務付け、都道府県は設けることができると定めている。避難勧告発令までのタイムラインの作成などを協議会に取り組んでもらう。

ちなみに、今回の都市緑地法などの改正では、都市公園法、生産緑地法、都市計画法、建築基準法もあわせて一括改正し、民間事業者の資金やノウハウを使い、都市公園の再生・活性化、緑地・広場の創出を進める。都市農地の保全と活用も推進する。

ダム工学会の検討成果

本年5月、ダム工学会の「これからの成熟社会を支えるダム貯水池の課題検討委員会」(浜口達男委員長)は2年間に及ぶ検討結果を取りまとめた。「これからの百年を支えるダムの課題」(計画・運用・管理面)の<提言>を要約してみよう。(箇条書きとする)。

**1、 洪水調節機能の一層の向上
近年の水災害の頻発化・激甚化や、今後の気候変動に伴う洪水発生頻度増大への対応のため、洪水調節機能を一層向上させる必要がある。
(1) 既設ダムを活用した洪水調節機能の確保及び向上
・ダム堆砂の抑制・貯水容量の回復(バックアップ機能の整備など)
・ダム運用の高度化、容量再編成(異常洪水時など)
・洪水調節容量の増強(既設ダムのかさ上げなど)
・ダム群の連携、容量再編成(治水・利水分離方式など)
(2)河川整備基本方針レベルへの安全度向上
水系の治水計画を実現するためには、まだ相当の洪水調節容量が不足しており、既設ダムの活用や新規ダムにより、着実にその整備を進める必要がある。
2、 用水安定供給機能の強化
(1) 気候変動に伴う異常渇水、大地震、激甚な豪雨災害などの危機への対応
・ダム貯水池のネットワーク化の推進
・関連施設の耐震化、アクセス・通信機能などの確保対策
・渇水対策・容量の増強
3、 水力発電の一層の活用
(1)残された大規模水力開発地点の発掘努力
(2) 既存のダムを活用した中小水力開発の方策
(3)太陽光発電などの電力変動に対し、負荷追従性の高い水力発電の特性を生かした調節機能の発揮
(4)揚水発電用としてのダムの活用
4、 流域レベルでの貯水池機能の連携・再編成及び合意形成ルールの整備
5、 バックアップ容量の具体化手法(既設ダムの堆砂除去やダム再開発など)
6、 貯水池運用技術面での展開(洪水調節でのダム操作など)
7、 ダムの安全確保
8、 ダム長寿命化のための技術開発
9、 ダムへの理解向上及び次世代の担い手確保に向けて**

自然災害が多発する日本でのダム事情が一大変革期を迎えていることを、ダム工学会自らがアピールしていると考えたい。国民へ理解を求める努力も惜しまないで欲しいと思う。

八ッ場ダム建設、大詰めを迎える

国土交通省関東地方整備局が群馬県の温泉地・長野原町で進めている八ッ場ダム建設は、本年3月ダム堤体の定礎式を行い、大詰めを迎える工事を前に安全を祈願した(この日、反対派の抗議行動はなかった)。ダム建設計画のきっかけとなったカスリーン台風の大水害から本年で70年である。国交省は昨年までに水没予定地区にある全世帯と移転契約を結んだ。工事は山場に入った。私は、これを機会にダム建設現場に足を運んでみた。

八ッ場ダムの建設地は、利根川水系吾妻川の中流部に位置している。同ダムは、重力式コンクリートダムで、堤体の高さ116m、堤頂長291m、堤体積約100万m3の大ダムである。総貯水量は1億750m3で、流域面積は711km2に及ぶ。

ダム本体工事では、堤体コンクリートの打設などを展開中である。移転地権者の生活再建事業やインフラ整備事業が急ピッチで進められている。本年から来年にかけて工事は最盛期に入る。治水や利水などの面から早期完成が求められている中、事業は順調に進行中である。

洪水調節や流水の正常な機能の維持、都市用水の供給、水力発電がプロジェクトの主な目的だ。吾妻川流域にはダムがない。そのため利水用の降雨を十分に活用できていない。昨年は、利根川上流域での少雪・少雨などの影響で渇水が発生した。八ッ場ダムが完成していれば取水制限は回避できたとみられており、完成後は、首都圏の生活や経済活動にも寄与することになる。

コンクリート用の骨材(原材料)は、近接する原石山が供給源だ。ベルトコンベヤーを用いて1時間当たり約800tも運ぶ。コンベヤーのルートには、移設された旧JR吾妻線の線路跡を有効活用している。その長さに驚いた。

本年5月現在、毎日約300人の作業員が24時間体制で工事に当たっている。堤体は基礎部から約10%の高さまで建設が進んでいた。計画では来年5月には巨大なダムが姿を現す。その後、水門設備の据え付け、試験湛水などを経て、2019年度中には完成する予定である。半世紀を超える苦難のダム建設事業がゴールインする。無事故のまま大事業が完了することを願わずにはいられない。

台湾にある八田与一像(出典:Wikipedia)

台湾で日本人ダム建設者の像、頭部切断

大きなショックを受けた。本年4月17日付の「朝日新聞」記事に目を通した時である。「台湾の日本人像 壊される、植民地時代にダム建設指導」(見出し)。私はこの「日本人」が八田与一(はった・よいち)だと直感した。

記事から引用する。「台湾南部・台南市の烏山頭(うさんとう)ダムで4月16日、近くに設置されている日本人土木技師・八田与一(1886~1942)の銅像の頭の部分が壊されているのが見つかり、地元警察が捜査している。同ダムは日本人観光客も訪れる観光地」(切断された頭部は持ち去られたらしい)。

「銅像は高さ1mほどの座像で、八田がダムを眺める向きで置かれていた。地元報道によると、ダム関係者が16日朝、像の頭部が切り取られているのを見つけ、警察に通報したという」(無残な姿の写真が肺腑をえぐる)。

「八田は日本植民地時代の台湾で、烏山頭ダムの建設を指揮し、台湾南部を穀倉地帯にした。台湾では歴史教科書にも登場する著名人だ。2011年、ダム湖畔に記念公園が整備された。八田の命日の5月8日には、日台の関係者が毎年記念行事を開いており、今年も予定している。地元の台南市政府は『命日までには修復したい』としている」

続いて朝日新聞の続報(5月9日付)である。
「台湾の日本人像 修復」(見出し)。
記事を引用する。「台湾南部、台南市の烏山頭ダムに設置されている、日本の植民地時代の土木技師・八田与一の銅像の頭部が切断された事件で、銅像の修復が完了し、7日、現地で除幕式が行われた。地元の博物館に、以前制作された八田像の複製があり、その頭部を利用し、残された胴体に取り付けた。再発を防ぐため、監視カメラと照明が新設され、巡回を強化したという」(安堵とともに怒りがこみ上げる)。

私は10年ほど前に八田の銅像を現地で拝見した。右手を額に当てた等身大の座像(八田版の「考える人」)は、八田の現場を愛する飾らない真摯な姿勢を見事に表しているものと思われ、深い感慨にふけった。地元有力者の話では、同像は地元農民らの発意により八田生前の1931年に建てられた。敗戦で日本が引き上げた後、台湾にあった日本人の像はほとんどが撤去された。が、八田の銅像は地元農民らの強い要請で無事残された。香がたかれ季節の花が添えられることはあっても、傷つけられたことなどなかったのである。日本の土木ファンならば、八田を主人公にしたアニメ映画「八田来(ばってんらい)」をご存じであろう。
(参考文献:国土交通省資料、ダム工学会資料、朝日新聞・建設通信新聞関連記事)

(つづく)
 

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