【現場を歩く】〈キャタピラージャパン・明石事業所〉世界に先駆ける生産・開発拠点 鋼材など部品供給、「明協会」の結束力も強みに

 建設機械の世界大手、キャタピラーの油圧ショベル生産拠点である明石事業所(兵庫県)はマザー工場の一つに位置付けられるとともに、世界をリードする研究開発として先駆的なCAT製品を生み出している。同所を現地で取材した。(黒澤 広之)

 明石事業所はもともと三菱重工業が神戸造船所の一角として建機の生産に乗り出した拠点で、1961年に油圧ショベルの国産化に初めて成功した地でもある。重工がキャタピラーと合弁会社を形成し、2008年にキャタピラー主導の経営体制となって以降も「油圧ショベルの聖地」(前畑秀和所長)として日本のものづくり力を発揮してきた。

 同所の敷地面積は24万平方メートルで、同じ兵庫にある甲子園球場と比べると5倍強の広さにあたる。従業員は約1500人で、日本のもう一つの拠点で部品を造っている相模工場(神奈川県相模原市)を来年にも閉鎖し明石へ集約するのに伴い増加傾向にある。

 明石で造られる油圧ショベルは11トンから52トン級までで、中・大型機の生産工場と言える。その最上流工程となるのが、鋼材を加工し製缶構造物を造る板金工場。6万平方メートルの建屋内では多くの溶接ロボットや加工機によってブームやメインフレーム、ベースフレーム、スイングフレームなどが造られていく。

 溶接は4分の3ほどがロボットによって自動化されており、主力機種である20トン級の「CAT320」向けは9割以上をロボットが担う効率化を実現している。またNC5面加工機や、溶接ロボットを効果的に配置したFMS(フレキシブル生産システム)、鋼材の強度を高める焼鈍設備などによって高品質の部材が造られている。

 組立工場では、これら製缶構造物や外部サプライヤーから納入された部品を200メートルに及ぶラインで工員によって製品へと形作っていく。生産台数は1日当たり30台強と見られ、日本国内への供給だけでなく海外への輸出拠点として「マザー工場」の役割を発揮する。

 それを支えるのが、鋼材関係を含め部品のサプライヤー各社で結成している「明協会」だ。組立ラインには並走する形でトラックの通路が設けられ、約30ある各工程で使われる部材が明協会メンバーからそれぞれ横付けされて納入されている。無駄な搬送作業がなく、在庫削減やジャストインタイム生産を実現しており、「数百社ある明協会の存在もマザープラントとして大変重要な要素だ」(前畑所長)。

明石が生み出した「次世代油圧ショベル」

 その明石から生み出された20トン級の「次世代油圧ショベル」が、この10月から出荷され始める。明石事業所には生産工場だけでなくキャタピラー唯一の開発拠点として油圧ショベル開発本部も置かれており、世界に先駆けて新たな製品を創り出す使命も担っている。

 今回、開発した次世代油圧ショベルは25年ぶりに設計の全面改良を実施したもの。多くの新技術やコンセプトが取り入れられており、キャタピラーの油圧ショベル事業部副社長で、キャタピラージャパン会長を兼ねるザック・カーク氏は「3年以上をかけて開発を進めてきた、建機業界で初となるデジタル接続性に特化した油圧ショベルだ」と語る。

 20トン機は油圧ショベルの「ボリュームゾーン」であり、それだけに顧客のニーズも幅広い。今回、キャタピラーが開発したものはプラットフォームを共通化しつつ、機能や狙いに応じ「320」「320GC」「323」の3タイプを商品化した。

 それぞれの特徴は「320」が新・世界標準の20トンクラス。「320GC」は機能をシンプルにし、技術より燃費メリットを追求した。この2タイプはすでに発売しており、来年1月からは最先端技術を注ぎ込んだ「323」も投入する。「導入コストを減らしたい」「高額でもいいから最高の技術が搭載されたものを使いたい」といったさまざまな顧客の志向に応えられるようメニューをそろえている。

 世界標準機の「320」では、これまで競合他社ではオプション仕様だった技術や機能が標準搭載されているのが特色だ。マシンコントロールでは「2Dアシスト」が備わっており、3Dへのアップグレードやダウングレードにも対応している。3Dのマシンコントロール技術は建設現場でも普及途上だけに、どれだけ実際に使う機会があるのか見えにくいという顧客の不安解消を狙ったものだ。

 このほか過積載を防止する「ペイロード」システムや、高さや深さ、旋回範囲を事前に設定することでアームやバケットの接触を自動制御できる「Eフェンス」といったシステムも標準装備している。ペイロードは積載量が自動で測られるためトラックなどの能力を最大限に引き出すことができ、生産性向上につながる。Eフェンスは油圧を電子制御し、センサーもふんだんに使ったもので、地上の電線や地下の配管などを傷つけない画期的な技術に仕上げた。

 このほか油圧ショベルの起動にはキーシリンダーでなく、スマートフォンを使ってオペレーターIDで「ログイン」し行うといった随所に最先端のデジタル技術が活用されている。操作に使うジョイスティックの設定もオペレーターの好みによって変えることができ、個別にカスタマイズしやすくなっているのもデジタル化の賜物だ。

デジタル性特化の油圧ショベル/最先端技術を標準搭載

 一方、こうしたソフト面だけでなく、機体のハード面でも改良を実施している。

 運転席にあたるキャブにはプレス工業製の新タイプを採用し、後方を含め視界を大きく拡げたことで安全性が高まった。

 また日常点検を全て地上で行えるようデザインし、オイルチェックの際にも機体に登る必要がないよう工夫されている。キャタピラージャパンで営業を担当するハリー・コブラック代表取締役は「降雪地帯では毎日オイルの状態を確認するため機体に昇り降りしなければいけなかった。その必要がなくなった20トン級では世界唯一の設計だ」と話す。

 その昇り降りも設計面でし易く改善されている。機体の側面にある燃料タンクには従来モデルでは鋼材が使われていたが、新たに樹脂を採用したことで形状の自由度が高まり階段の形へと加工できるようになった。

 これら最新技術や設計改良により、次世代油圧ショベルでは作業効率が最大45%向上。電子制御を駆使した油圧技術によって燃費は最大25%減らせ、メンテナンスコストも最大15%削減している。事故ゼロへと導く安全性も極限まで追求した。

 開発本部長のスティーブ・シューメーカー氏は「最先端技術を標準搭載したことで広くお客様に使っていただき、建機の世界を変えていきたい」と狙いを話す。「アイ・コンストラクション」といったICT建機の活用や、厳しくなる排ガス規制への対応は日本だけでなく海外の先進国市場を攻略していく上でも欠かせない。その先導役として明石の力を今後も世界へと発信し続けていく考えだ。

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