「金正恩の戦略は失敗した」増大する北朝鮮国民の危機感と怒り

北朝鮮の金正恩党委員長は9月21日、トランプ米大統領への敵意をむき出しにした朝鮮民主主義人民共和国国務委員会委員長名義の声明を発表した。これ以降、北朝鮮国内では連日のように声明を支持する集会が開かれている。

北朝鮮メディアは国民が「米帝への敵愾心に燃え上がっている」かのように宣伝しているが、米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)によると、「核戦争が起きるかもしれない」との恐怖に震え上がっているという。

指導力に不信感

金正恩氏の声明の中身は、ほぼトランプ氏に対する個人攻撃に終始した。金正恩氏のトランプ氏に対する恨みつらみはよほど根深いようだ。しかし、たとえ個人的怨念が込められた声明といえども、唯一独裁者である金正恩氏の声明だけに国民は無条件の服従を強いられる。

声明が発表された直後から、北朝鮮各地で集会が開かれ、「悪の元凶である米国を地球上から完全になくしてしまう」などの言葉が叫ばれている。北朝鮮メディアは連日「悪の帝国を制圧する」と気勢を上げるなど、北朝鮮全土が反米ムード一色となった。

しかし、最近中国を訪れた北朝鮮の情報筋によると、北朝鮮国民の間に核保有国になったことへの高揚感は見られず、むしろ核戦争の恐怖が蔓延しているもようだという。反米ムードを盛り上げ過ぎたことで、むしろ戦争が迫っているように感じ、それに怯える空気が漂っているというのだ。

物価の高騰も人びとの心理に悪影響を与えているという。北朝鮮の食糧事情は、かつてに比べ大幅に改善した。ただ、国民経済のなし崩し的な資本主義化が進行し、貧富の格差が広がっている今、貧困層は食べ物などの価格がわずかに上昇しただけでも大きな影響を受ける。

特にガソリン価格上昇は、物流にダメージを与え、その他の関連業界にも飛び火するなど影響が大きい。

こうした事態を受け、「当局は核さえあれば人民生活が向上し、平和が保証されていると言っていたのに、その結果がこのザマか」と金正恩氏に対する庶民の怒りは大きくなるばかりだという。

北朝鮮のある幹部はRFAに対し、「核保有で人民に強いリーダーというイメージを植え付けようとしていた金正恩の戦略は失敗した。核戦争への恐怖が倍増し、金正恩の指導力への不信感が高まりつつある」とも述べている。

また、「中朝国境地域を除く主要都市、特に平壌の住民が感じる恐怖感は他の地域より大きい」とも語っているが、平壌のデイリーNK内部情報筋は、今にでも戦争が起きるという雰囲気は感じられないと伝えている。地域や立場によって雰囲気に大きな差があるようだ。

戦争の危機を煽って内部統制を図るのは北朝鮮当局の常套手段だが、庶民達もいつまでも当局のプロパガンダに騙されているわけではない。北朝鮮国営メディアは、トランプ氏の強硬発言を「戦争のほら」という表現で非難、揶揄するが、金正恩氏の言動も似たりよったりということだ。

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