【京江シャーリング 設立50周年】84年にCC事業進出、シャーまでの一貫体制で競争力 JFEと連携、一級品比率拡大

 冷延・表面処理鋼板を主体とする独立系コイルセンターの京江シャーリング(千葉県浦安市鉄鋼通り1-2-11、社長・下河原英道氏)が、1967(昭和42)年10月の会社設立から50週年を迎えた。創業(66年10月)から数えると、ちょうど51年となる。 

 創業者は、現下河原社長の父・金道(かねみち)氏。金道氏は東京・亀戸に生まれ育つ。在学中、就職活動で大手食品企業を志望するが、望みかなわずと分かると早々に起業を決意する。

東京・江戸川で薄板加工開始

 義父が鉄鋼企業に勤めていた縁で鋼材の取り扱いを開始。実家の亀戸から荒川を越えた隣町の江戸川区松江の地に土地を手当てし裸一貫、鉄屋を志した。

 時あたかも高度経済成長期。「大量生産・大量消費(マスプロ)時代」のさなかで鉄鋼業界でも製鉄メーカーが相次いでストリップミル(広幅帯鋼生産設備)を稼働させた〝薄板コイル時代の到来〟と重なっていた。

 70年代に入ると各種表面処理鋼板の開発が進む。そんな時代背景のなかで「鉄を生涯の仕事」とするにあたって薄板加工を選択したのもうなずける。

 はじめは小さな土地にシャーリングマシン1台で、薄板シャーリング業の「京江工業」を立ち上げた。1966(昭和41)年10月のことである。その翌67年10月に法人登記し「京江シャーリング」に社名変更する。

 ここから起算して今年がちょうど50年の節目に当たる。ちなみに「京江」の名は「東京の江戸川発祥」に由来し、東京の「京」と江戸川の「江」をつなげたオリジナル造語だ。

 その後、千葉県浦安市の北栄に用地を確保し、工場を新設して江戸川から移転。受注増に伴ってシャー増設やオペレータ増員を実施し、あわせて段階的に増資もするなど業容の拡充を図る。

悲願のCCに転身

 創業から20年近くが経過する過程で薄板シャー業としての基盤は整ったが、その事業形態は「100%賃加工」であり、客先から材料(加工母材)を支給され、加工委託を受ける格好だった。

 あるとき旧川鉄商事(現JFE商事)から仕事を依頼された際、窓口担当者から「売り買いでの商売」を薦められたのを機に自販スタイルを志向する。

 「それならコイルセンターからカットシート品(シャー母材)を調達してその都度剪断するよりも、原コイルから直接扱い、シャー(二次加工)工程までの一貫体制を構築したほうが生産効率も良く、コスト競争力も増す」とアドバイスされ、コイルセンター業への転身を決断した。

 「そのためには広い土地が必要だ」とし、浦安第1鉄鋼団地内に土地を取得して工場を新設。84(昭59)年10月に大型レベラーラインを新設し、コイルセンターとしての操業を開始した。

 これが、現在の京江シャーリングの事業形態を形成した経緯である。金道氏にとってコイルセンター業への業容拡大は「夢」だった。悲願達成である。

2代目社長「社員が宝」

 バブル経済真っ只中。学業を終えた現社長の英道氏(金道氏の次男)が入社する。現場経験を積んだあと営業職に移るが、これは、先に入社して営業を担当していた長男・忠道氏が、スチールハウス事業に転身するため渡米した後釜としての配置転換だった。

 ちなみに兄・忠道氏は現在、薄板軽量形鋼造の構造設計やスチール構造パネルの製作・販売・施工および管理、高齢者住宅・施設運営などを手掛ける「シルバーウッド」(港区南青山)の経営者として事業展開している。

 初代金道氏が会長となり、後任の社長に英道氏が就いたのが05(平成17)年11月。それまでにロータリーシャーや大型スリッターラインを設置し、本社工場増設。フルオートシャー、セミオートシャーを増設するなど、コイルセンター業としての業容と基盤を着実に固めていった。

 「社員(人材)こそ宝」を標榜する2代目・英道氏が取り組んだのは、まず社内の福利厚生や社員の待遇改善。併行して経年劣化していた大型レベラーラインの全面リプレースを実施し、新たな工場も増築した。

 同社がコイルセンター事業に進出するきっかけをつくった現JFE商事との関係もより強固にし、以前は複数社あった窓口商社は、今ではJFE商事1本である。当然、材料ソースはJFEスチール製の冷延・表面処理が主軸アイテムだ。

 東日本大震災で地盤液状化被害に見舞われた浦安鉄鋼団地。京江シャーリングも甚大被害を被った。下河原社長が陣頭指揮を執り、全社一丸で復旧・修復を急いだ。

 社長就任早々に増築した工場建屋も地盤沈下で床面フロアに段差が生じたが、構内には「縁切り」工法を採用していたためクレーン設備などへの被害を最小限にとどめたのは記憶に新しい。

JFEグループと連携、自販強化

 現在、大型レベラー、大型スリッターを各1ラインとシャーリング2台の設備体制で月産4千トン規模。かつては自販と受託・賃加工の比率が半々だったが、いまは自販が7割を占める。自販における6、7割が仲間取引で、残り3、4割が直需(エンドユーザー)向け。向け先は鋼製事務什器や建材関連が多い。

 もともと二級品の取り扱いが多かったが、自販強化を推し進めるなか、最近はJFEスチールおよびJFE商事の指導のもと一級品扱い比率を戦略的に伸ばしてきている。ここ数年間で二級品の扱い量が漸減傾向にあるにもかかわらず、トータル扱い量が変わらないのは、一級品比率が上昇している証だ。

営業所開設、商品アイテムを拡充へ

 今年5月には、群馬県太田市新島町に新たな営業拠点「北関東営業所」を開設した。

 北関東マーケットにおいてJFE商事とも認識を共有したうえで冷延・表面処理以外にもホット、酸洗を中心とした薄中板アイテム全般を扱うが、地域に根ざす既存コイルセンターや薄板販売店と競合したり、域内エンドユーザー開拓したりするのではなく「むしろ仲間・同業筋と連携し、小ロットで手間のかかる細かい仕事をカバーさせてもらいながら相互メリットを模索し、拡販にもつなげていく」のが狙いだ。

 さらには、現在は品質ISO認証取得にも取り組んでおり、年明けの取得に向け順調なプロセスを踏んでいるという。

 節目に際し「JFEスチール、JFE商事の教示のもと、社員と共に顧客や市場にとって必要な存在であり続けるために精進し、この50年を通過点に今後60年、70年…と着実に歩みを進めていきたい」と下河原社長は気持ちを新たにする。(太田 一郎)

 設立50周年の節目を迎えた京江シャーリングの下河原英道社長に、これまでの振り返りや今後の展望などについて聞いた。

下河原英道社長インタビュー/社員と共に次の節目へ/CCの「質」向上、川下展開強化も

――まずは節目を迎えた率直な思いから。

 「おかげさまで50年を迎えることができました。これも、日頃からおつきあいをいただいている取引先・お客様のご支援の賜物だと感謝しております。まずは社を代表して御礼申し上げます。もちろん、これまでの道のりを歩んでこられたのは、先輩諸氏のご苦労や今の現役社員たちの日々の精励も欠かせない。改めて労をねぎらいたいと思います」

京江シャーリング・下河原英道社長

 「私自身は社歴が25年で会社の歴史のちょうど半分。すでにコイルセンター業として企業スタイルが確立されたあとに入ったため、創業時代の父やその頃の先人たちの〝生みの苦しみ〟は分かりませんが、そうした努力の上に今があることを肝に銘じ、今の仕入れ先や取引先・顧客のニーズに丁寧に応えながら、社員と共にこの会社を舵取りし、次の節目に向かって盛り立てていきたい」

――若くして2代目を継ぎました。

 「自分の能力は、自分が一番よく分かっています。独りじゃ何もできないことも承知しています。だから社員の協力や手助けを借りなければ会社を切り盛りできない。その労に報いるため、待遇改善や福利厚生の充実を進めてきました」

 「今でも社員たちには『会社が儲かればみんなの待遇もさらによくなるんだよ』と言っています。おかげさまで厳しいながらも毎年、着実に収益を確保できています。『頑張れば、頑張った分だけ会社は報いる』をモットーに、私はこれまでもこれからも率先垂範し、有限実行していきます」

――どんな経営スタイルですか。

 「基本は『任せる』スタイルです。営業も現場も、各部門のリーダーに責任と権限を与えながら、彼らのやり方を信じて私はあまり口出ししません。そのやり方で今のところ上手く運営できているので、これを継続しながら必要に応じて改善・強化していきます」

――取引先との関係は。

 「うちはJFE商事さんを窓口1本とし、JFEスチールさんの薄板全般を扱っております。JFEさんはうちに対して仕事面や経営管理面などでいろいろと教示あるいは提案してくださり、そのアドバイスに沿ってしっかりと実践することでこれまで事業展開できてきました」

 「JFEさんにとって『必要な存在』であり続けることが、うちの存在価値であり、そのために日々精励して参ります。会社は独立系ですが、JFEさんの国内薄板強化戦略に参画し、そのうえで顧客満足度(CS)を高めていくことが、ひいては我が社に利益をもたらし、事業永続に寄与すると確信しています。私が社長になって12年が経ちますが、結果が伴っているし、成果も伸びています。相互の関係もより強固になっていると自負しておりますので、このスタイルを変える考えはありません」

――最後に今後の展開や抱負を。

 「コイルセンター業としての『質の向上』を図るとともに、厳しい外部環境でも勝ち残っていけるよう、営業強化や川下展開に力を注ぎます。北関東営業所の開設やISO認証取得への取り組みなどはその一環です。さきほど申し上げたとおり、JFEさんと一蓮托生の精神のもとでCS強化に尽力していきます」

 「そして何といっても私を支えてくれる自慢の社員と共に、次の60年、70年…へと発展・成長していく将来像を描いています」

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