道半ばの主権者教育 突然の解散、余裕なく

 選挙権年齢が18歳以上に引き下げられて初の衆院選。若者の政治意識を高める「主権者教育」が高校現場で広がる一方、降って湧いたような選挙に活用する準備が整わず、二の足を踏む学校も少なくない。そもそも主権者教育とは−。

 「少子高齢化が進み、社会保障の充実を求める人が増えている。財政確保のために増税するべき」「増税には反対。国民の生活がますます苦しくなり、景気が悪くなるだけだ」 19日、県立瀬谷西高校(横浜市瀬谷区)の教室で、8人の“党首”がスローガンを記したプラカードを手に、互いの主張をぶつけ合った。政策への支持を訴える相手は1年5組の同級生たち。県教育委員会が推進するシチズンシップ教育の一環で実施した「模擬党首討論会」の一場面だ。

 授業の前半は、生徒たちが事前学習を踏まえて選んだ消費増税と憲法改正を争点に模擬政党をつくり、賛成・反対の立場に分かれて討論。続いて今回の衆院選で実際に配られた「選挙公報」を使い、翌日に実施する模擬投票に向けて各政党の主張の違いを学んだ。

 前任校から主権者教育に積極的に取り組んでいる担当の黒崎洋介教諭(30)=公民科=は「これまで学んだ知識を活用し、考える場。自分と違う意見にも耳を傾け、物事を多面的に見る目を養ってもらいたい」と狙いを語る。

 模擬政党の一つ、「星の党」党首を務めた松尾陽菜さん(16)は「『政治』とか『選挙』というと、大人たちの難しい話というイメージがあったが、私たちにも関係するんだと身近に感じられるようになった」と振り返った。

 ただ、今回の衆院選を「生きた教材」として活用する学校は少数にとどまるようだ。3年に1度行われる参院選とは違い、解散総選挙の時期はいつになるか分からず、準備に余裕がないからだ。

 高校の授業計画は通年で立てられているため、急な変更が難しい。ただでさえ、10月は中間テストや模試などで多忙な時期。特に、受験や就職を控えた3年生は主権者教育に充てられる時間が限られる。

 県教委によると、衆院解散を受け、複数の県立高校が模擬投票を検討したが、多くが実施には至らなかった。それでも担当者は「各校は突然の総選挙であっても十分対応できる指導をしている」と胸を張る。

 現場の受け止めは異なる。県立高校で公民科を受け持つ50代の男性教諭は「生徒の間で衆院選の話題はほとんど出ない。教員でもお茶飲み話に出るくらいで、授業にどう反映するかという議論はない」。

 憲法改正や消費増税、高等教育の無償化…。10代の将来にも大きく関わる争点は少なくない。「議論が分かれる社会的な課題であればあるほど、選挙権を持つ3年生には考えてもらいたいが、その時間が取れない。選挙違反の注意喚起をするのがせいぜいだ」とこぼす。

 「急な選挙に戸惑いもあるかもしれないが、生の政治を生かさない手はない」。そう話すのは、若者の政治参加に詳しい慶応大SFC研究所上席所員の西野偉彦さん(32)だ。「まずは政党や候補者の主張から、自分の関心がある“マイ争点”を見つけ、比較し、自分なりの投票する基準を身につけてほしい」と勧める。

 あるべき主権者教育とは何か。西野さんは投票に行かせることが目的ではないとし、「対立するさまざまな利害をどうやって合意形成していくかを学ぶためのトレーニング」と位置付ける。

 「どんなに大きな選挙であれ、それが終わった後も政治は続いていく。自分の意見を持ち、目の前にある問題を自分事として捉え、社会に主体的に関わっていく。それが民主主義に参加する一歩になる」

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