肉親の死、失踪…人生が重すぎて恋愛もできない42歳

波瀾万丈な人生を送る人がいる。その一方で、家族の納得いかない死、弟の失踪、そして恋愛もうまくいかない私は……。

母の病死、父の自殺、そして弟は一時行方不明に……波瀾万丈な人生を送ってきた42歳のリエコさん。

「これも全部運命なのかなあ」努めて明るくふるまい、仕事に打ち込む彼女が恋愛に踏み出せない理由は――。人生、こんなはずじゃなかったとつぶやきたくなることが、おそらく誰にでもある。

ただ、私などは非常に平凡な道のりだったので、これでもかというくらい波瀾万丈な人生を送っている人の話を聞くと、よく身が持つなと思ってしまう。神は乗り越えられる人に、そういう試練を与えるのだろうか。

実は、話を聞いたリエコさんとは10年来のつきあい。彼女の話は、断片的には耳にしていたのだが、これほどに過酷な人生を歩んでいるとは初めて知った。

父の自殺から、人生が狂った……

――リエコさんがいろいろ大変そうというのは知っていましたけど、詳細は聞いていませんでしたよね。

リエコ:人に言って楽しい話じゃないから。私は、人に会っているときはなるべく楽しく過ごしたいと思っているので、あんまり重い話はね。

――お父さんが自殺されているそうですね。

リエコ:私が大学生のときにね。私、小学生のときに母が病死したんですよ。それで父が、私と弟を男手ひとつで育ててくれた。再婚はおろか、恋愛さえしなかったんじゃないかなあ。朝早くから市場で働いて、昼過ぎに帰ってきて家事や夕飯の支度をしてくれて。話もよく聞いてくれる、いい父でした。私が就職決まって、それもすごく喜んでくれていたのに、力尽きたのかなあ。ふっと死に神に魅入られたように逝ってしまった。

――兆候はなかったんですか?

リエコ:今思えば、少し元気がなかったかもしれない。でも、私が就職したら、最初の給料でお父さんを温泉に連れていくって約束してたんです。すごく楽しみにしていたはず。ただ、あとから父が精神科にかかっていたことを知りました。鬱状態だったのね。誰にも言わずにふいっといなくなった気がしてならない。

――ショックだったでしょう?

リエコ:いまだに、父に話しかけている自分がいますね。まだ死んだと認めたくないんだと思う。

――弟さんは大丈夫でした?

リエコ:当時、弟は高校生。父の死にショックを受けて大学受験もできなくなってしまったんです。で、しばらく行方不明だった。

――しばらくって?

リエコ:5年くらいかなあ。あるとき、急に親戚宛てに電話があったらしいです。私にはまったく連絡してこないのにね。親戚が言うには、弟は私が父を自殺に追いやったと思い込んでいるみたいだ、と。どうしてそんなふうに誤解するようになったのかわからないんですが。

――その後は?

リエコ:今は北海道にいるみたいです。相変わらず連絡はしてこないけど。

恋愛もうまくいかない

――家族ってあっけなく離散しますね。

リエコ:ねえ。そんな状態だから、私は心のどこかで家族を信じていないのね。20代後半に、婚約したことがあるんです。だけど相手の実家があまりにも家族仲がよくて、自分がこのなかに入っていけないと思って婚約破棄しちゃった。相手は私のことをわかった上で、「力になるから」って言ってくれたけど、私は自信がもてなくて。

――その後、恋愛はしてきたでしょう?

リエコ:ろくな恋愛はしてませんよ(笑)。最悪だったのは、似たような環境で育った人と知り合ったとき。彼はお母さんが自殺で亡くなっていたんです。親しくなるにつれて、彼は「どうせオレたちみたいな生まれは」と言うようになった。私は父が自殺しているけど、そのことで父を恨んだことはないし、むしろ、気づけなかった自分を悔やんでいた。だけど彼は、自分の人生が母親のせいで台無しになったと思ってる。彼は小さいときにお母さんを亡くしているから、ちょっと感覚が違うんですよね。最後は、「一緒に死んでほしい」と言い出して。逃げ出すのが大変でした。ストーカーみたいになっちゃって。あちらのお父さんやきょうだいとも、何度も話し合ったし、警察にも行ったし。

――心の深くて暗い部分で引きあった関係って、ネガティブな方向に行きがちですよね。

リエコ:そうなんです。だから、自分も明るくしていないと、ネガティブな男につけいられる。

――その後は?

リエコ:私、誰にも言ってなかったけど、35歳のときに子宮癌になって、手術しているんですよ。早期発見だったからたいしたことはなかったんだけど、あとが怖いから子宮全摘しちゃったの。

――そうだったんですか……。知らなかった。

リエコ:みんなには筋腫の手術って言ってたの。でも実は術後、更年期みたいな症状に悩まされて、けっこう大変だった。さらにその直後に転職してるからね。

――忙しいですよね、日々。

リエコ:わざわざ忙しい仕事に転職したのかもしれない。

――外食産業チェーン店の地域マネージャーでしたっけ。

リエコ:そうそう。前の仕事がマーケティングだったから、これでもヘッドハンティングされたのよ。私を必要としてくれるということがすごくうれしかった。だから今の会社には、本当に感謝しているんです。

――じゃあ、ここ10年は落ち着いた生活を?

リエコ:仕事はね。忙しいけどやりがいがある。

でも恋愛がらみは本当にだめ。そのネガティブで引きあってつきあった人は2年前、自殺しちゃったし……。最後に私に電話をかけてきたの。「これから死ぬ」って。彼のお父さんに連絡とって、みんなで探したけど見つからなくて。結局、遠く離れたところの車の中で亡くなっていたらしいです。私宛に、本当に好きだったという遺書があった。

――気持ちが重くなりますね。

リエコ:自分の周りの人が死ぬということに対して、ものすごく過敏になってしまってね。誰にも言ってないけど、今もカウンセリングに通っているんです。少しずつ、自分の人生を整理して考えたくて。もともと人間関係ではそれほど苦労してないんだけど、それは私が常に他人に対して一歩引いているから。濃い関係になると、とたんにバランスが崩れちゃうのね。だから恋愛すると、ドロドロになりがち。

――今はつきあっている人、いないんですか?

リエコ:男友だちはいるんだけど、恋愛に発展しない。というか、発展しないようにしているんでしょうね、自分が。最近知り合った男性に、「もっと親しくなりたいのに、どうして壁を作るの?」と言われました。私も、その人のこと好きなんです。だけど今さら、私の人生を全部話すのもめんどうだし、彼がどう受け止めるかもわからない。だったら、友だちでいたほうがいいんじゃないかなと思っちゃうんです。

――人生折り返し地点、今、振り返って自分の人生をどう感じていますか?

リエコ:何もかも運命なのかなあ、と。自分に課せられた運命を変えることはできないのかもしれません。だから私自身がどうやって生きていけばいいのかは、これから考えるしかないんでしょうね。遅いけど、今がスタート地点だと思いたいです。

いつも明るく、人に対する気配りも抜群の彼女が、これほどまでに重い人生を抱えていたのかと愕然とした。彼女は何も悪いことをしていない。だからといって、「そういう星のもとに生まれた」と片づけられる話でもない。生きていくというのは、それだけでも大変なことなのだ。

(文:亀山 早苗)

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