脳震とうの危険性。改善されるべき頭部の負傷への対応

現役当時に発症した脳震とうが、後に健康に影響を及ぼすことが、研究で分かってきた昨今。フットボール界はしかるべき措置を講じているのだろうか。

ウィル・スミス主演の映画「コンカッション」。脳震とうが及ぼす健康被害をNFLに認めさせた医師と、その周りの人々の実話をもとにした物語だ。この結果をきっかけに、NFLをはじめとするアメリカのスポーツ界は、選手の安全を第一とする姿勢を強めた。

サッカーも例外ではなく、原則として10歳以下のこどものヘディングを禁止した。

軽視されてきた脳震とう

前述の映画「コンカッション」の主人公のモデルとなった、ベネット・オマル医師が指摘した脳震とうと、睡眠障害をはじめとする健康被害との関係は、今まで軽視されてきた。

そして脳震とうだけでなく、怪我に対する処置は、フットボールの戦術やルールの進化に比べ、非常に遅れていると言わざるを得ない。

イングランドでは、半ば美談のように語られることのあるテリー・ブッチャー(写真)の姿。頭部を負傷し、流血しながらも相手が蹴ってくるボールを、ヘディングで跳ね返し続けたキャプテンとして有名だ。今であればもちろん止血が確認されるまで再出場できないが、当時(1989年)はプレーが許されていた。そんな昔の話ではないのだが。

怪我、特に脳震とうが軽視されてきた背景には、80%以上の脳震とうが、通常であれば10日以内に自然に消失するため、症状が表れにくいことがあげられる。そのため認知度も低く、時間をおいて頭痛や吐き気をもよおしても、脳震とうとの関係に気が付きにくい。

日本の大学も参加した、脳震とうと精神障害の研究

そんな脳震とうだが、Fifpro(国際プロフットボール選手会)の研究によると、より慎重に扱われるべき損傷であることが分かってきた。

神奈川県川崎市の聖マリアンナ医科大学も参加した研究結果によれば、現役時代に4回から5回脳震とうを発症した人は、精神不安やうつ病、睡眠障害を発症する確率が、脳震とうを発症したことのない人に比べて、1.5倍高くなることが判明したのだ。

これは、フィンランド、フランス、アイルランド、ノルウェー、南アフリカ、スペイン、スウェーデン、スイスの8か国で、50歳以下の元サッカー選手、アイスホッケー選手、ラグビー選手、合計576名に対して行ったアンケートをもとに研究された結果で、6回の脳震とうを経験した人は経験していない人に比べて、2倍から5倍の確率で、何らかの精神障害の症状を発症することも分かっている。

世界選手組合の医療最高責任者であるヴィンセント・グッテバージュ医師は、

「これは、脳震とうがどんな精神障害をもたらしうるかを示唆した、重要な調査です。」

「私たちフットボールの利害関係者たちは、現役中か引退後かにかかわらず、選手の精神衛生について注意喚起する必要があるし、どんな危険があるのかについて選手に教育をほどこし、援助が必要な時はサポートする必要があるんです。」

とBBCに語った。

より強化されるべき選手の安全

現在ゴールライン・テクノロジーやVAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)が導入されるなど、フットボール界は変革の時を迎えている。

選手の安全に関しても、以前に比べれば対策が講じられるようにはなったが、いまだ十分とは言えない。

特に頭部を負傷した場合には、即座にプレーをとめて治療を受けるようルール変更がなされたが、多くの場合十分な診察がなされているとは思えない。なぜなら実際に、頭部に衝撃を受けて、一瞬意識を失ったように見えた選手が、ドクターに止められることもなく試合に復帰している場面を、幾度となく見ているからだ。

スポーツ頭部外傷を可視化する

以上の記事によれば、脳震とうを発症した場合は、当日の復帰は不可であり、完全に消失するまで復帰は望ましくない、としている。もし症状が残っている時に2度目の脳震とうを起こすと、セカンド・インパクト症候群と呼ばれる、致死的な脳腫脹をきたす場合があり(これに対する懐疑的な意見もあり)、リスクが大きすぎるからだ。

そこで提案したいのは、頭部の怪我に対する新たなルール作りだ。NFLのルールを参考にし、例えば、

試合の行われる日には、脳外科医をスタジアムに必ずひとり以上配置することを義務とする。

試合中に脳震とうと診断された選手は、その試合への復帰を不可とする。(負傷した選手のチームにはもう一つ交代枠が与えられる、などのルールがあってもいいかもしれない)

脳震とうを発症した選手は、それが完全に消失するまで出場不可とする。

などの手段を試験導入するのはどうだろうか。

選手の安全に対する積極的なルール変更は、フットボールの、負傷しながらもプレーした選手を称えるような悪しき習慣を排除し、新たな魅力を引き出すはずだ。

さいごに

脳震とうだけでなく、認知症とヘディングの関係も研究され、注目を集めている選手の健康面。過去にはヘディングが原因で死に至った可能性が高いとする事例もあり、とても看過できない問題だ。

そして現在、多くの研究がなされたことにより、症状が目に見えやすい靱帯や骨の怪我だけでなく、頭部、特に脳の怪我にたいする正しい知識を持つことが求められ始めている。

防げる怪我は防ぐべきだし、怪我を減らす対策もとれるものはとるべきだ。

誰の人生にとっても、基本的には、フットボール選手である期間よりも、フットボール選手でない期間のほうが長い。「生きるか死ぬかの闘い」とは言うものの、そのことは肝に銘じておくべきではないだろうか。

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