【ラン鉄31】三川内の頑固を感じ佐世保_商売っ気と粋な酒を波佐見

「迷わず行けよ、行けばわかるさ」
 長崎、波佐見――。
 その小さな温泉の座敷で、缶ビールに口をつけている中年の顔面を、アントニオ猪木が引っ叩いた、気がする。
 人の気配がまったくない、真っ暗な道の途中に、場末のスナックの灯りがポッと、ひとつ。すさまじい引力…。
「はーい。いらっしゃーい」
 暗闇に灯る場末のスナックは、扉を開けるとズッコケるほどフツーだった。
「どこから?あら?東京っ」
 佐世保から三川内を経由して波佐見にやってきたと伝え終わる前に、目の前に瓶ビールが、ドン。

伝統をキープ、頑なで繊細な町

 寝台特急「さくら」をひく、C11の残り香ただよう早岐駅から、ひと駅。三河内駅で降り、三川内焼の里を歩く。
 この三川内は、江戸時代から平戸松浦藩の御用窯として栄え、採算度外視でただひたすら高級品をつくり続けてきたという。地元の人はこう笑う。
「呉須で染め付くる腕はそりゃそりゃすごかのひとことに尽きるばってん、そんぶん、商売下手。御上の顔ば見ながらつくっとったからばい」
 窯元をのぞくと、ピーンと張り詰めた緊張感。ひとつひとつ、手作業で染めていく彼らに、とてもじゃないけど、軽々しく話しかけられない。
繊細な濃淡で描かれる唐子絵もすごいけど、絶妙な網目をつくる透かし彫りも息を呑むばかり。
「三川内に来たら、ついでに波佐見も立ち寄ってみてくれんね」
 というワケで、三川内から県道1号でひと山越えて、波佐見へ。
 波佐見の工場をチラッとのぞくと、これがまた、三川内とは対照的。

まさにTHE工場制手工業

 ズラリと並ぶ陶器が次々と運ばれ、下絵付、釉かけ、本焼成と、それぞれの担当者の手が加えられていく。
「陶工の手作業で高級品ばつくる三川内に対し、こっちは大量生産。歴史とか伝統にこだわらず、ばんばんつくってどんどん売っていくてゆう気性」
 波佐見の名を隠してでも、売る。
 その潔さが、笑顔にでも出ている。
 頑固な三川内、商売上手な波佐見。そのふたつの窯元がとなりあっている。
波佐見の陶工は、御上ではなく、庶民を見つめていた。大衆に溶け込む日常食器を追い求め、唐草模様を筆でサラッと描いた「くらわんか碗」を、巨大な連房式登窯でバンバンつくり、手頃な価格で全国へ、海外へ届けた。

時代をサーフィン、海のない町

 ふたつの町の気風を垣間見て、夜。猪木に背中を押されて飛び込んだ場末のスナックで、しみじみグッときた。
この町の人たちは、時代という波にシレッと乗る、サーフィンが上手い。だけど、波佐見には、海がない。
「波佐見はね、長崎県で唯一、海に面しておらんのばい」
 港や浜のない、閉ざされた山間の集落の人たちなのに、なんでこんなに気さくでオープンなノリなんだろう。
「大村藩がおおらかやったとか。東京や大阪といった商人ば相手に、積極的に交流すっ気質ばむかしからまっとっよね。若い人も多かよ」
 そう教えてくれたのは、カウンターに座っていた強面の地元ジェントルマン。東京からの酔狂なイチゲン中年なんて、即座にシャットアウトされると思ってたら、向こうから、とびっきりの笑顔で、あったかく、迎えてくれた。
この灯り、このぬくもりに、敬礼。
「遠慮せんで、ゆっくりしてくれんね」

この連載は、社会福祉法人 鉄道身障者福祉協会発行の月刊誌「リハビリテーション」に年10回連載されている「ラン鉄★ガジンのチカラ旅」からの転載です。今回のコラムは、同誌に2015年4月号に掲載された第31回の内容です。

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