ベトナム、国営鉄鋼の株式売却へ 20年にも完全民営化

 ベトナム政府は国営鉄鋼メーカー、ベトナム・スチール(VNスチール)の株式を売却する方針だ。来年にも保有株の過半を手放し、2020年までに全株を放出、完全民営化を目指す。日本など海外企業への売却にも制限をかけない考えだ。

 越政府は現在、VNスチールの株式93・9%を保有している。18年には拒否権を発動できる36%を手元に残し売却。20年には追加売り出しで政府保有株をゼロとする。

 ベトナムは社会主義国ながら「経済成長のエンジン役は民間企業」(計画投資省幹部)と位置付け、国営企業の改革を進めている。VNスチールの今の所管官庁は産業通商省だが、来年にも「国有資本管理委員会」が発足し、政府系投資公社のSCICによる保有株は同委へ移管される方向。省庁と経営を分離することでガバナンスの改善と民営化の推進を図る。

 今月にベトナムを含む11カ国で合意した環太平洋パートナーシップ協定(TPP11)は数年内に発効する見通し。これに備え、越政府は国営企業の改革や投資ルールの整備を急いでいる。

VNスチール、低い存在感/問われる出資メリット

 ベトナムのGDPに占める国営企業の比率は3割とされ、その存在感は大きい。しかし鉄鋼業に限ると民営企業や外資系が強く、国営のVNスチールは成長から取り残された存在と言える。

 VNスチールは05年、傘下企業のフーミ・フラット・スチール(PFS)で同国初となる冷延ミルを稼働。日本の高炉メーカーからも母材の熱延コイルを買い付けるようになり、一時は注目された。

 しかし、今の越市場で冷延事業をけん引するのは新日鉄住金や台湾・中国鋼鉄などの合弁会社、CSVCや韓国のポスコ・ベトナムといった外資系。そしてトン・ドン・ア(TDA)、ナム・キン・スチール、ホアセン・グループといった地場の民営企業だ。TDAなどが能力拡張を競う中、先駆者だったはずのPFSは細々と冷延鋼板を造り続けているものの、全く存在感がなくなっている。

 越北部で亜鉛めっき鋼板やカラー鋼板を造るVNスチール・タンロン・コーテッド・シーツも今夏に増強こそ実施したものの、やはり民営に押されている。このほか小型高炉や電炉から一貫で条鋼を造る事業もあるものの、ここでもホア・ファット・グループをはじめとした民営が勢力を伸ばしており、建材需要の増加を十分に捕捉できているとは言い難い。

 同国初の大型高炉による一貫製鉄所は、台湾プラスチックやCSC、JFEスチールによる外資系連合のフォルモサ・ハティン・スチール(FHS)によって達成された。「同じ社会主義国でも、中国鉄鋼業の国営企業とは全く力量が異なる」(日本の高炉メーカー幹部)と評されるのがVNスチールの現状だ。

 今後、このVNスチール株が売却されるとなっても、問われるのは出資や買収に見合うメリットが得られるか。売却価格は定かでないが、決して強いと言えないVNスチールだけに、そう買い手が現れるかは不透明だ。

 またVNスチールがこれまで形成してきた海外企業との合弁事業も、民営化に伴い変化する可能性がある。亜鉛めっき・カラー鋼板事業では住友商事やマレーシアのFIWスチールとのサザン・スチール・シート(SSSC)があるほか、条鋼事業では共英製鋼とのビナ・キョウエイ・スチール、豪州企業とのビナウ・スチール、ポスコとのVPS、シンガポールのナット・スチールとのNSV、鋼管事業では韓国・世亜製鋼とのビナ・パイプなどがある。

 これらは経済開放の黎明期の名残で国営企業であるVNスチールと組んだものであり、政府系でなくなる同社と組み続けることになるとは見通しにくい。

 越政府の国営企業改革は会社によって濃淡がある。VNスチールは全株を売る対象だが、ベトナム航空では51%を手放さず、ビール大手2社の売却工程は来年まで公表が延期された。魅力ある企業の株は売り惜しむ分、VNスチールの厳しい実情が暗に示されている。(黒澤 広之)

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