プレッシャーの破壊。日本にマルセロは生まれるのか

先日の日本代表のブラジル戦について現在ブラジルでコーチとして活躍されている平安山良太さんに分析していただきます!

Bom jogo!!(ブラジルの言葉でナイスゲーム!)

11月10日、我らが日本代表がW杯優勝候補筆頭のブラジルに挑んだ試合は、3-1という内容以上に力の差を見せ付けられた試合となってしまいました。

ブラジルでは試合前に「良い試合にしましょう」という意味や、試合後に「良い試合でした」と、対戦相手へのリスペクトを示す時にBom jogo(ナイスゲーム)という言葉を使います。

または単純に直訳の意味で「良い試合」という意味で使う事もあります。

日本代表にとって、試合結果はBom jogoとは言えないものになってしまいましたが、これは練習試合。

本番のW杯に向け、この試合を進化のためのBom jogoにするため、しっかりと振り返る必要があります。

ここでは、ブラジル在住で、ブラジル全国1部リーグのプロクラブ育成部でお世話になっている筆者の視点や、ブラジル現地メディアの反応などを含めて日本の皆様へフィードバックしていきます。

ブラジルから見た日本代表戦

ではまず、ブラジルから見た日本代表戦はどの様に写ったのでしょうか?

正直なところ、「他の代表戦に比べれば空気」というような、それほど重要度や注目度は高くない試合でした。

日本では先月のニュージーランド戦やハイチ戦で「どうしてこんな弱い所と試合するんだ」という意見も出たみたいですが、残念ながらブラジルのとあるコメンテーターも「日本戦は、W杯本番のグループリーグでアジアの国と同組になった時の予行演習としてなら分かるが(組み合わせはまだ決まっていない、)正直もっと強い国と試合すべきだ」と語っています。

ブラジルはサッカー王国なので、日本戦の後も何度か再放送されていますし、戦術分析番組やハイライトなども放送されています。

しかし、それはブラジルがサッカーのニーズが高く、ほぼ24時間どこかのチャンネルではサッカー番組が放送されているからで、日本戦はむしろ代表戦としては報道量や注目度は低かったと言わざるを得ません。

そもそものサッカー報道量の分母が大きいので日本戦もそこそこ報道されたというところでしょうか。

ブラジル国民の興味は、日本戦よりもむしろ国内のリーグ戦やイングランド代表戦の方が高かったのが本当の話です。

ブラジル代表選手達は「日本の守備が良かった」だとか「苦しい試合だった」と述べてくれるのに対し、ブラジルメディアでは日本にとって辛辣なコメントも見られます。

「日本は過去に強敵だった事はない」「ネイマールのお得意様」といったコメントもされていました。

日本でもFIFAランクで格上のベルギーに対して過去に負けた事がないと報道されたのですから、ブラジルで格下の日本に負けた事がないと報道される事に対して文句は言えません。

試合分析

試合は前半ブラジル3-0日本、逆に後半だけ見るとブラジル0-1日本でした。

しかしブラジルメディア、グローボのサイトにも「練習のリズム」と評されるなど、3点差付いた時点でブラジルは流していたと判断すべきでしょう。

3点差付いたからといって、ブラジルも別に日本を馬鹿にしたなど、リスペクトを欠く意味で流したわけではないと思います。

練習試合なので控え選手のテストや新戦術のテストもしましたし、そしてW杯本番でも3点差付いた試合では累積警告や怪我をせず、疲労も溜めずに逃げ切るというのも必要になってきます。

実際この試合では、日本はなかなかプレスでブラジル選手を捕まえられず、ファールで止める場面も多かったですね。

その意味ではブラジルもこの練習試合を有効利用したと言えるでしょう。

さて試合内容ですが、3失点したとはいえ、日本の守備はアジア予選などに比べても決して集中力が欠如していたわけではないと感じます。

むしろ世界一を相手に気合いが入っていたのではないでしょうか。

勿論、あくまで我々の現状のレベルでの話であって、失点しているのに完璧な守備とは評価出来ません。

ただ、集中力が足りなかったわけではないのに守備を破壊されてしまった、これはアジア予選ではなかなか体験出来ない現象で、むしろこれこそがW杯本番に向けての収穫になります。

日本は前半はハーフウェイラインより5m高いくらいの位置から連動してプレスをかけ、逆に後半は3点差を追い付くためにかなり高い位置からのハイプレスも増えました。

一方のブラジル。

前半はハーフウェイラインあたりから連動してプレスをかけてボールを奪い、高速カウンターを繰り出してゴールを陥れる、という戦術でしたが、後半は無理して攻めずに時間を使いながらゆっくりとパス回しする場面が増えました。

日本はアジア予選なら奪えたであろうレベルのプレスを仕掛けても、カゼミロ選手に長短混ぜたパスでいなされてしまったり、マルセロ選手やウィリアン選手に"奪えたつもりが"プレスを破壊されてしまいました。

アジア予選では"ハマった状態"であったはずのシチュエーションが、ブラジル相手だとハマった状態ではないという現象がいきなりピッチ内で起きた事で、選手にも「どう守れば良いのか?」「本当にこの守備で良いのか?」迷いが生まれてしまった気がします。

ただ、この迷いが今後また選手達に良い刺激となってくれるのではないかとも思います。

動画の中で後から時間をかけて、ただ空いてるスペースや相手選手を指摘したり、強くプレスするべきだったなど、守備の問題点を見付けるのは簡単です。

ですがそれが何故起こっているのか考え、そして改善出来る事は指摘するだけよりも遥かに難しい事です。

一度指摘するだけで修正出来るなら、日本代表どころか別にプロサッカー選手でなくともミスなどしなくなるでしょう。

空いているスペースがあったとして、守備側の選手がそのスペースを埋められていないのは、戦術の整備の問題なのか、そこまで走るスタミナの問題なのか、自分の背後の状況が見れていない認知の問題なのか、相手が違う場所にパスをするフェイントを入れたなど駆け引きの問題なのか。

そしてそれはどうすれば改善されるのか。

考えて練習メニューを組んでもそれがまた実行してみるとエラーが出たりもします。

そこまでやって改善してきても、当たり前ですが対戦相手もまた攻撃方法を改善してきます。

お互いが改善し合い、努力するのが当たり前の世界で闘う日本代表は本当に凄いなと尊敬しています。

日本サッカーを強くするためには、日本代表選手だけが頑張るのではなく、日本サッカーを強くするために努力したいと考える仲間も増やしていく必要があります。

ここで、日本代表のプレスを破壊したマルセロ選手などを参考に、ブラジルでサッカー指導者をしている筆者からもいくつかプレー解説をしていきたいと思います。

これが日本サッカーの参考になれば幸いです。

寄せて対角線。サイドチェンジの違い

日本のSBの選手がボールを持つと、基本的には前を向きますが、あまり無理せずにCBへ返す事が多いですね。

これはこの位置で奪われると危険だからで、決して間違ってはいません。

勿論色んなタイプがいる中での傾向というのが前提の話ですが、ブラジルのSBは対角線のFWやSHにロングボールを狙っている戦術を取る事が多いです。

日本がボールを回しながらSBに付けてパスコースが無いならまたやり直すというやり方が多いのに対して、ブラジルだと意図的にSBにボールを預けて相手をスライドさせ、ワンサイドに寄せたところで逆サイドに展開というやり方を織り交ぜます。

回していたらそうなったという事が多いのが日本で、意図的に作り出そうとしているのがブラジルという違いです。

コリンチャンスで2000年の第1回クラブW杯王者に輝いたDF、バタタ監督の通訳を筆者がITU CUPで務めた際にも、この戦術をとっていたのでよく覚えています。

また、サイドチェンジのボールの質も違います。

ここまでの凄技プレーはブラジルでもそうそうあるものではありませんが、しかし傾向としてこういうサイドチェンジの質を狙っているかどうかの違いはあります。

具体的には、日本のサイドチェンジは山なりの柔らかい質のサイドチェンジが多いのが特徴です。

パスコースの間に相手がいる場合など、インターセプトの危険性がある時には有効なサイドチェンジなのですが、いかんせんスピードがないので相手に簡単にスライドを許してしまい、せっかくの味方に数的優位な時間を与えるという目的が遂行出来ない事があります。

ブラジルだと低く地を這うグラウンダーのサイドチェンジも状況によって使い分けます。

日本のユース年代の代表の子でも、あまり見ないサイドチェンジの質に見入ってしまい、体が止まってしまう事があります。

ただでさえ球足の速いボールで、守備陣のスライドの時間のないパスですから、見入ってしまってはいけないですし、それは頭では分かっているはずなのですが、それでも突然だと見入ってしまうのが人間なのです。

オーバーラップではなくインナーラップ

この試合で活躍したマルセロ選手が見せたものの1つに、インナーラップがあります。

日本でもよくある、SBがボール保持者の外側を走っていくオーバーラップではなくて、内側を走っていくのでインナーラップと呼ばれています。

勿論全くないわけではないですが、日本ではまだまだ多くはないのではないでしょうか。

オーバーラップという固定概念に縛られず、こういったオプションもあっても良いですね。

インナーラップだと、より中央を抉っていけるのでチャンスに繋がりやすいというメリットがあります。

ただもしここでネイマール選手がボールを奪われていれば、日本はカウンターから大きなチャンスを得た可能性が高く、判断を誤れば命取りになってしまいます。

世界最高峰のネイマール選手への信頼と、マルセロ選手の虚をついた上がりのタイミングがあってこそ成し得ました。

ネイマール選手へプレスに行っている日本の選手は、ボールの先しか見えません。

ネイマール選手を相手にしながら背後まで気にするのは至難。

マルセロ選手は視線から消えてボールを受ける事に成功しました。

戦術的には間違ってないが・・

前項まででも語った様に、日本のSBはリスク回避で無理せずやり直すのに対し、ブラジルのSBはわざと相手をワンサイドに寄せて対角線ロングパスを狙ったり、インナーラップで果敢に仕掛けたりする事が多いです。

どちらが正しいとか間違っているではなくて、日本のやり方も戦術的に1つの正解だと思います。

取り敢えずボールさえ奪われなければ、ずっと攻撃権を握れるわけですから。

ただ、個人的な意見では育成年代だともう少し挑戦、遊んでみても良いのかなと思います。

「奪われそうなら無理せずバックパス」を育成年代から繰り返していて、マルセロ選手の様な"個"を生みだせるのか、少し疑問があるからです。

もともとFWやウイングだった選手が大人になってからSBに転向するというのはブラジルでもあるにはあるのですが、それでも日本は凄く多い気がします。

それはやはりSBとして育ってきた子が安パイなプレーしか出来ない様な成長をしてきたため、FWやウイングなどのもう少し挑戦を許されて育ってきた選手が結局はそのポジションを奪っている傾向があるからなのかなとも感じます。

ただ、その大人になってからSBにコンバートされた選手も、本来のポジションではレギュラーを掴めなかったからという様な、消極的なコンバートも多いですね。

最初のうちは守備に慣れず苦労している選手もいます。

「難しい状況だからバックパス」は大人になってからでも出来ますし、育成年代ではもう少し挑戦して創造性あるプレーを出来る選手を育ててはいかがでしょうか。

「奪われなければずっと攻撃権を握れる」も正しいのですが、ただ実際にはいくらバックパスを使ってもいずれはボールは奪われますし、またゴールを決める瞬間というのは多くは相手の虚を突いたりして対応出来ないプレーをした時なので、そんな選手を育てる必要があるのかなと感じます。

SBの所で作った小さなギャップが、そのまま攻め上がっていくにつれて大きな綻びとなり、ゴールに繋がるパターンもあります。

得点力不足が嘆かれる日本ですから、そこはFWの問題だけではなくてビルドアップから意図的に崩していく選択肢も持つ事で、1つの解決策になるのではないでしょうか。

子供達が失敗する事も間違いないので、我々指導者の忍耐力も試されます。

子供のうちは勝負所を間違えて失敗し、失点に繋げてしまう場面も出てくるかも知れません。

やはりそれは極力避けたいパターンです。

ですが、子供のうちはある程度勝てても、世界のレベルに当たった時にはやはり違いを作れる選手になる必要が出てきます。

そのためには、ほんの少しだけの遊びのエッセンスを加えても良いのかなと感じました。

平安山良太@ブラジルコーチ (@HenzanRyota) on Twitter

© 株式会社愛幸