アニオーさん

 ご親切にも寺務所で地図を描いてもらい、お寺の裏のけっこう急な石段を200段かそこら、休み休み上る。数知れない墓の間を右へ左へ折れながらも、地図のおかげで迷わずに済んだ。目指したのは長崎市の大音寺の墓地にある、荒木宗太郎(そうたろう)という人のお墓▲17世紀、御朱印船の貿易商として名をはせた。墓は市指定史跡で、そばに説明板がある。〈妻は王加久戸女(わかくとめ)と称し、ベトナムの王族の娘であった。豪華な輿(こし)入れの有様(ありさま)はくんちの奉納踊に取り入れられている〉▲長崎でアニオーさん(お姫さま)と呼ばれ、長崎くんちの本石灰町の演(だ)し物「御朱印船」は2人の長崎への航海を基にしている▲御朱印船のレプリカがゆかりの深いベトナムに今月贈られ、古都ホイアン市で本石灰町の根曳(ねびき)衆が豪快な船回しを披露した。言うに及ばずと知りつつ、長崎の歴史はいかに国際色の豊かなことかとしみじみ思う▲400年前の歴史を生かし、絆を深めようと思い立った本県の人々の心尽くしあってこそである。勝手ながら、ひとしおに違いない感慨のおすそ分けにあずかっている▲長崎でそれはそれは盛大に迎えられたと伝わるお姫さまは、皆に親しまれる一方、遠い母国を思わない日はなかったろう。異国に贈られた朱色の船は、姫の望郷の念も乗せているかに思える。(徹)

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