第1部「無縁」(1) ひきこもり20年、両親殺害「一歩が踏み出せない」

約20年間ひきこもっていた藤田真一(仮名)が両親を殺害した自宅=2004年10月、大阪府東大阪市で

 雨粒の冷たさを感じながら歩くのは何年ぶりのことだろう…。奈良県との県境、生駒山の西に広がる大阪府東大阪市。丸刈りにTシャツ、作業ズボン姿の男が、住宅や商店が続く緩やかな坂道を下っていった。昼前の町中を、人や車がせわしなく行き交う。
 たどり着いたのは数百メートル先の小さな交番。中に入り、切り出した。
 「両親を、殺しました」
 穏やかだった警察官の表情が、一気に険しくなった。
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 藤田真一(ふじた・しんいち)、49歳。2004年10月に、同居の父克行(かつゆき)=当時(66)=と母栄子(えいこ)=同(61)=を殺害したとして、逮捕された。36歳の時のことだ。懲役16年の実刑判決が確定し、今は中国地方の刑務所で服役している。
 真一は高校に進学したものの、ある出来事がきっかけで、家の外に出られなくなった。それ以来、社会との一切の接点を断ち、静かに過ごしていた。
 「ひきこもり男逮捕」「両親を絞殺」「自宅に20年間」―。当時の新聞各紙には、センセーショナルな見出しが並ぶ。
 事件は、長期間にわたる孤立がもたらした家庭崩壊の形として、世間の注目を集めた。同じ境遇の子を持つ親たちからは不安の声が上がり、支援団体を中心に、減刑を求める嘆願書が裁判所に寄せられた。
 彼はなぜ、両親に手を掛けてしまったのだろうか。この春、記者は刑務所を訪ねた。
 淡い緑の刑務服姿。短く刈った髪には白いものが交じる。
 「一歩が、どうしても踏み出せなかった」
 真一はそう繰り返し、半生を語り始めた。
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 戦後の経済成長とともに核家族化が進み、学校や企業といった居場所がなく、社会とのつながりを失った「ひきこもり」が顕在化してきた。
 昨年9月に公表された内閣府の推計によると、39歳以下だけでも全国に54万人。40代、50代はさらに深刻で、高齢の親とともに経済的に追い込まれる“共倒れ”が現実のものになりつつある。その予兆となった13年前の事件を振り返り、長年置き去りにされてきた問題を考えたい。(文中仮名)

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