第2部「救世主」(1) 山あいの施設で“修行” 母親は支配者

自宅から無理やり連れ出され、自立支援施設「しあわせの里」に入れられた時の体験を話す佐藤達弘

 東の空がうっすらと白み始める。昨年8月、佐藤達弘(さとう・たつひろ)(25)は車の助手席で身を硬くしていた。「あと少しだ」。山あいの施設を抜けだし、高速を走ること5時間。追っ手は来ない。

 車は東京郊外にある駅のロータリーで止まった。半袖シャツの通勤客が行き交う。約2年ぶりに目にする光景。達弘は助けてくれた運転席の男性に丁寧に礼を言い、車を降りた。

 「もう二度と、あそこには戻りませんから」

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 中学1年の時に両親が離婚して以来、一人っ子の達弘は、同居の母親とずっと折り合いが悪かった。外出中に勝手に机の引き出しを開けられたり、パソコンのブログをのぞき見されたり。「部屋には入っていない」としらを切っても、すぐにうそだと分かる。出掛ける前にドアに挟んでおいた紙切れが、帰宅した時に床に落ちていたからだ。

 友人関係にもいちいち口を挟んできた。文句を言うと、ヒステリックな口調で「おまえは理屈っぽい」「私は親なんだから」。物事を突き詰めて考える性格の達弘にとって、母親は“支配者”そのものだった。

 浪人の末に入った大学は3カ月で辞めた。電車で2時間かかるし、もともと志望していたところではなかった。時折、単発のアルバイトをこなす以外は、自室にこもる日々。このころは、すでに母親との会話もなくなっていた。それでも、あきれたような表情を見れば、言いたいことは伝わってきた。

 「こう話すと、ひきこもって何もしていなかったように思われますが、そうじゃないんです」。当時の様子を尋ねると、達弘は語気を強めた。

 浪人、大学中退…。「このままじゃ、やばい」。同級生から取り残されていると感じ、就職に役立つTOEIC(英語の試験)の勉強をしたり、通信制の大学に入り直そうと考え、申込書を取り寄せたりしたという。

 自宅にスーツ姿の見知らぬ男4人がやって来たのは2014年11月。寝ていた布団をはがされ、羽交い締めにされたまま、ワゴン車の後部座席に押し込まれた。「修行に行くぞ」。たどり着いたのは中部地方の「しあわせの里」。そこは、名前とはかけ離れた場所だった。

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 ひきこもりの人の自立支援をうたった業者による被害が後を絶たない。自宅から無理やり連れ出し、高額な費用を請求するケースも。被害者らの証言を基に、実態を明らかにする。(敬称略、文中の人物、施設は仮名)

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