第2部「救世主」(2) 窓に鉄格子、絶望の日々 「ここは最終処分場」

佐藤達弘は2014年11月、ワゴン車に乗せられ、中部地方にある「しあわせの里」に向かった。木々は赤や黄色に色づいていた。

 赤や黄色に色づいた美しい木々が、目の前を流れてゆく。佐藤達弘(さとう・たつひろ)(25)は山の景色を楽しむ余裕もないまま、ワゴン車の後部座席でスーツ姿の男に両脇を挟まれ、恐怖と闘っていた。2014年11月。男らは朝早くに自宅に突然現れ、布団をはぎ取り、達弘に「修行に行く」と告げた。母親は黙ったままだった。

 どのくらい上ってきただろう。日が暮れて、人家がまばらになると、古ぼけた2階建てのプレハブが数棟現れた。

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 大学をわずか3カ月で中退し、東京近郊の自宅で1年余り過ごしていた達弘が連れてこられたのは、中部地方の「しあわせの里」と呼ばれる施設だった。ホームページ(HP)によると、NPO法人が運営し「ひきこもりや不登校、家庭内暴力からの自立をサポートする」とうたっている。達弘に内緒で、母親が支援を依頼していた。

 到着後、すぐに財布やスマホを取り上げられ、スタッフに2階の個室に案内された。「まずはここで1週間、自分を見つめ直せ」。窓には鉄格子がはめられ、階段の途中にはセンサーが取り付けられていた。脱走できないようにするためだ。

 翌朝、中庭に出てみると、青いつなぎのような服を着た十数人の男性が整列し、点呼を取っていた。10代から40代まで年齢はさまざま。一様に顔に生気がない。刑務所さながらの光景。絶望感に襲われ、その中の1人に毎日何をしているのかと尋ねた。

 「小学生みたいなことだよ」

 その言葉の意味はすぐに分かった。朝起きると、鉄塔の周りを25周走る。午前、午後の作業時間は主に草むしりやニワトリ小屋の掃除。HPには仕事体験塾、ビジネスマナー講座、保育園や老人ホームでのボランティアといった自立のための活動が紹介されているが、達弘は「一切、やった記憶がない」という。

 一方で、しばらく生活するうちに、他の入所者との間にある共有意識が芽生えてきた。親や家族に捨てられた―。学校を辞めたり、仕事に就かなかったり、それぞれ状況は違ったが、自らの意思に反して強制的に“収容”され、5年以上が過ぎたという人もいた。

 「ここは人間の最終処分場だ」。達弘は飛び出そうと心に決めた。(敬称略、文中の人物、施設は仮名)

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