第2部「救世主」(3) 打ち明けた「真実」 警戒くぐり抜け脱走 

アルバイトを始めた佐藤達弘は、「しあわせの里で知り得た事柄は、第三者に漏らさない」とする誓約書の提出を命じられた。

 中部地方の自立支援施設「しあわせの里」に強制的に入れられてから1年半がたち、佐藤達弘(さとう・たつひろ)(25)は昨年4月、近くの部品工場にアルバイトに行くことを許可された。就労支援の一環という位置付けだが、実際は施設での単調な生活でたまったストレスを発散させるのが狙いのようだった。

 施設のスタッフは達弘に、誓約書を出すよう命じた。

 「了解を得ないまま実家に帰省しない」
 「給与は口座振り込みで、里が管理する」
 「里において知り得た事柄は、第三者に漏らさない」

 アルバイト先から自宅に逃げ帰る人もいたが、家族からの通報ですぐに連れ戻された。「自分には行く当てがないという、一種のマインドコントロールでした」。それでも達弘は虎視眈々(たんたん)と「その時」をうかがっていた。信頼できる人物に出会ったからだ。

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 「あまり言いたくないんですけど、驚かないでくださいね」

 工場で働き始めてから2週間。達弘は安田良夫(やすだ・よしお)(59)に“秘密”を打ち明けた。アルバイトの面接を担当していた安田は、自分の息子と同じ年頃の達弘を気にかけていた。仕事に早く慣れてもらおうと、自宅で食事を振る舞ったこともある。

 「施設に無理やり入れられている」「自宅に戻りたいがお金がない」。衝撃的な内容だった。面接では、親戚のアパートに身を寄せていると言っていたはずだ。だが履歴書に書かれた住所に行ってみると、確かにそれらしき建物があった。

 しあわせの里ではたびたび入所者の脱走騒ぎがあり、地元で警戒されているのではないか。達弘はそう考え、身元を伏せていたのだ。

 このまま放っておくわけにはいかない。安田は「夜中に施設から100メートルぐらい離れたところに車を止めておくので、監視の目を盗んで走っておいで」と提案した。

 逃げるには軍資金が必要だ。達弘は毎日、コンビニのゴミ箱に捨てられたレシートをあさり、スタッフに渡した。必要な物を買ったと申告すれば、1日500円を限度に小遣いをもらえる決まりになっていた。

 4カ月後。達弘は夜勤に行くふりをして、安田の自宅に向かった。仮眠を取り、夜明けとともに車で出発。車内では、ずっと押し黙っていた。

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 しあわせの里では入所と脱走が相次いでいる。それでも自立支援と言えるのだろうか。スタッフに尋ねた。(敬称略、文中の人物、施設は仮名)

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