第2部「救世主」(4) 「甘え、たたき直す」 戸塚ヨットの記憶、今も

無人駅の柱には「里に来るな」と落書きがあった。「しあわせの里」に強制的に入所させられた人が書いたとみられる。

 むせかえるような緑の匂い。ローカル線の無人駅から山あいの道を20分ほど歩くと、目的地に着いた。入り口には「警戒中。ご用の方はインターホンでお話しください」と書かれた張り紙がある。記者は今年7月、「しあわせの里」を見学に訪れた。佐藤達弘(さとう・たつひろ)(25)=仮名=が強制的に入れられ、昨年8月まで1年9カ月を過ごした施設だ。

 建物の前では20代とみられる入所者の男性2人が直立不動で待ち、「こんにちは!」と大声であいさつをしてくれた。応対したのは50歳に近い責任者の男性だ。

 ―どのような自立支援をしているのか。
 「ひきこもりは甘えで、自分の失敗を人のせいにする。ここでは集団生活で礼儀、気遣い、思いやりをたたき込む。訓練、修行で人生の終わりと思えるような最悪の状況を味わえば、親や家庭のありがたみが分かる」

 ―費用は。
 「入学金200万円と毎月の費用が10万円。自宅に迎えに行く場合は人件費が30万~40万円だ」

 ―自宅から無理やり連れ出すことはあるのか。
 「子どもが暴れても説得する。親は事前に知らせない方が良い。だまし討ちだと責められても、本人の将来のためという高い志があれば、子どもは必ず理解してくれる」

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 集団生活での訓練と聞いて、真っ先に思い浮かぶ施設がある。「戸塚ヨットスクール」。戸塚宏(とつか・ひろし)(76)が1976年に愛知県美浜町に開校。スパルタ式指導で不登校や非行から立ち直らせると評判を呼び、全国の「悩める親」が殺到した。しかし80年代に訓練生の行方不明や、スタッフによる暴行事件が発生。戸塚は傷害致死罪などで懲役6年の実刑判決を受けた。

 戸塚ヨットと同時期に自宅を開放し、親子支援を始めたNPO法人「青少年自立援助センター」(東京都福生市)理事長の工藤定次(くどう・さだつぐ)(66)は、支援現場の一部で今も脈々と続く暴力的な手法に否定的だ。

 「親の世代は仕事一筋で、多様な生き方や再チャレンジをした経験が少なく、子どもに選択肢を示せない。『鍛える』というやり方は即効性があるように見えるが、親子関係が壊れれば、自立にとっては遠回りになる」

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 人里離れた施設での集団生活から、近年は支援の実態がなく、「金もうけ」を狙った業者が増えている。元職員が「ひきこもりビジネス」の舞台裏を証言した。(敬称略、しあわせの里は仮名)

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