【ラン鉄35】おおきんな四日市_ちいさいな乗り物

「おおきんな、ってなんて意味?」
 三重県四日市市――。鈴鹿山脈を愛でながら走る三岐鉄道の黄色い電車に乗って、小さなスポーツカーをつくる工場へと向かった。
 八千代工業、四日市製作所だ。
 ホンダが、満を持して世に問う2人乗り軽自動車「S660」。これを生産するその工場は、大量生産や効率といったコトバとはかけ離れた、小さな町工場といった雰囲気。
 そこで出てきた弁当に、「おおきんな」という文字。

「ありがとう、って意味なんよ」

 地元の人がそう教えてくれた。新幹線、近鉄を乗り継いでやってきた中年に、有り余るほどのおもてなし。
 弁当の品書には、「桑名名産蛤時雨、伊勢珍味車海老の唐揚げ、四日市トンテキ」といった名前が並ぶ。
「ほんなら行きましょか」
 この四日市製作所は、混合生産というスタイルを貫く、自動車メーカーのなかでも珍しい存在。
軽トラや商用バンなどと同じラインでスポーツカーが流れてくる。
「1羽の鶏が、スタイルや色、形がぜんぜんちゃうタマゴをポコポコと生んでいくイメージやね。1日48台ペースで流れとるんよ」

軽トラ、軽トラ、S660、軽バン…。

 同じラインの上を、まったく違う車種のクルマが淡々と流れ、技術スタッフがリズミカルに、黙々とパーツを組み入れていく。すすす、スゲエ。
 新幹線もリッパ、近鉄もデキル、ヤチヨもアッパレ。
 おう!忘れちゃいけない、四日市市のとなり、鈴鹿市の鈴鹿サーキットからの帰りに乗った、伊勢鉄道も、オミゴト!だった。

「S660も四日市トンテキみたいに三重の名物になってくれればええ」

 きっとなる。街を彩る小さなスポーツカーが、この小さなファクトリーでポコポコと生み出されることを、ファンは知っている。トンテキに匹敵する四日市の代名詞になるはずだ。
「あのね、むかしからある『なが餅』が有名やわ。駅前に売っとるから」
 もう一件、仕事があり、白子へ。
 現地から、この誌面を編集する三重出身女子に電話すると、こう教えてくれた。スマホでその名物を確認すると、これまた見事なプロポーション。

小さなクルマ、小さな電車、拍手

 わかった。これ買って帰ろう。そう決めて、海辺の静かな街を歩き、また近鉄に乗る。昭和の香り漂うビスタカーに揺られ、鈴鹿川を越えて四日市へ。
 ちょっと乗ってみた近鉄内部線(四日市あすなろう鉄道)の電車で、「軽便鉄道なう」を体感。
 軌間762mmの線路をいく小さな小さな電車の走りっぷりは、意外と豪快で、遊園地のアトラクションというノリ。
 揺れるたびに、「ちょ、マジ!?」とひとり笑い。
 キモイ笑いを浮かべてるのは中年ラン鉄だけで、ほかの乗客たちは「別に」な顔。地元の足として、地域に根付いているナロー。これにもアッパレ。

新幹線、近鉄、三岐、伊勢、あすなろう…。

 伊勢湾のほとりを行く鉄道は、超高速からスローまで、色とりどり。いろいろ乗ったし、小さなクルマをつくる技術者たちの見事なプレーにも感動した。最後はコレでシメるかと、名古屋駅ホームのきしめん屋ののれんに手をあてたときに、気付いた。
「あああっ!なが餅買うの忘れた!!」
 最終の東京行きが出るまであと15分。ゴメンなが餅、オレきしめんとる。
「二度おいで、三重に」ってか。

この連載は、社会福祉法人 鉄道身障者福祉協会発行の月刊誌「リハビリテーション」に年10回連載されている「ラン鉄★ガジンのチカラ旅」からの転載です。今回のコラムは、同誌に2015年8・9月号に掲載された第35回の内容です。

鉄道チャンネルニュースでは【ラン鉄】と題し、毎週 月曜日と木曜日の朝に連載します。

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