都会を離れて(1) 「U30のコンパス」食の実感求め、命の現場へ   コンビニ総合職から獣肉業

電車やバスがひっきりなしに走り、近くのコンビニで24時間何でも買える。でも、そんな都会の便利さより魅力的なものがある。イノシシを大切に食べる文化。過疎の地で700年続く祭りの熱気。細筆が描き出す 蒔絵 (まきえ) の美しさ。それぞれの地域が持つ文化に魅了され、その場所に移り住んで奮闘する姿を届ける。

 

 

 

「ばら肉のブロックですね。煮込み料理にぴったりですよ」。山々に囲まれた島根県 美郷町 (みさとちょう) の獣肉卸売会社「クイージ」美郷支店。東京の和食店からの注文に 長浜世奈 (ながはま・せな) さん(25)は、冷凍庫から約50センチ大の肉の塊を出し、手早く 梱包 (こんぽう) する。

 畑を荒らすイノシシを捕獲し、高級料理店も使えるブランド肉として売り出す美郷町の取り組みに魅了され、2014年春、東京都杉並区の実家を出て移住してきた。

 幼い頃から家族で外食する機会が多かった。大好物は肉。大学時代にフランス料理店で接客のアルバイトをし、食材に目を向けるようになった。狩猟免許を取り、毎週のようにイノシシやシカの狩猟に通った。

 就職先は大手コンビニチェーン総合職。コンビニ弁当はなぜ売れるのか。生き物の鮮やかさを感じ取る食文化はどうなるのか。大量生産・大量消費の流れに身を置けば、何かつかめると思った。

 ベルトコンベヤーで次々と焼かれる肉片を見て「腹が減った」と言った同僚がいた。どうしてもおいしそうに見えなかった。コンビニは、食以外の何かを優先する人を助ける社会インフラと思い、約8カ月で退職した。

 「イノシシ肉に携わる若い人を探している」。知人の一言が移住のきっかけだった。人口約5千人の過疎地域だが、イノシシを捕獲し「山くじら」と呼んで食肉加工をする文化が育まれていた。

獣肉カレーを持つ長浜さん

 美郷町と提携するクイージの支店で主に営業を担当。イノシシを処理施設に運ぶ作業を手伝うこともある。鮮度を保つためすぐに血抜きして内臓を取り除き、刃物で解体する現場を見るうちに「命で命をつないで生きている。奪う命は、無駄なく活用しないといけない」と実感できた。

 一緒に移住した福岡県出身の女性(32)と京都府出身の男性(30)は心強い仲間。男性とは昨年結婚した。地元にはからっとした性格の人が多く何かと気にかけてくれる。「閉鎖的でない田舎もあるんだ」。うれしい誤算だった。今後もこの町で暮らしていくつもりだ。(共同=寺田哲24歳)

▽取材を終えて
 長浜さんは実は高校の同級生。あまり話したことはありませんでしたが、発想が豊かでいつも話題の中心にいたのを覚えています。偶然SNSで、島根に移住してイノシシ肉に携わる仕事をしていると知り、思い切って連絡を取ってみました。

 「意識が高くて、難しい話が多いのかな…」。卒業以来の再会に勝手に緊張したものの、自分の価値観を人に押しつけようとせず、色々な考え方を受け入れる当時と変わらぬ姿に緊張は一気に解けました。

 「まずは直感でやりたいことを頑張ってみる」という彼女の生き方は、簡単そうに見えて実は難しいこと。新しいことに挑む時、失敗を恐れて立ち止まることは誰にでもあります。最初の一歩を踏み出せば大丈夫。そんな勇気をもらった気がしました。

 

 

【一口メモ】見切り発車できる羅針盤

 

「人生は見切り発車も大切」。長浜さんがよく口にする言葉だ。軽い意味ではない。信じた道は迷わず、極めようという覚悟だ。東京を離れた長浜さんは、イノシシ肉を通して食の在り方を追求するという羅針盤を得た。やりがいがあればどこでも生活できる。暮らす場所を変えてもいいほどの羅針盤を見つけられるかどうか。それが大切だと気付かされた。
(年齢、肩書などは取材当時)

© 一般社団法人共同通信社